残月


「慶次!久しぶりじゃねえか!」
「Hey,慶次」
慶次が寝ぼけ眼で顔を上げると元親と政宗が近づいて、それぞれ両脇の席に着いた

大講義室は他の学部の学生と共同講義なせいで混雑していた

一番上、教壇から見ると一番奥の端を三人が陣取る

「慶次、髪どうした」
政宗は珍しく髪を下ろしている慶次を見て言った
元親が小さく笑ながら
慶次の頭をポンポン叩いた
「寝坊したんだろ?」
「ああ、そうなんだ…」はは…と笑いながら慶次は頭を掻く

政宗は身だしなみに気を使う慶次にしては珍しいなと思いながら、
その髪を梳こうと首筋に手を伸ばした

瞬間
慶次が驚いたようにその手をバシッと払った
「……」
政宗が無言で払われた手を静かに下ろす
それを見て慶次は慌てた
「ごっ!ごめんよ政宗っ」
「慶…」

その時、教授が入ってきて、ざわめいていた講義室が静まる

微妙な雰囲気は講義室に響く教授のマイクの声に遮られた

余程眠いのか講義が始まって30分もすると慶次は机に突っ伏して眠ってしまった

「……」

元親がスヤスヤ寝息を立てる慶次を見て視線を政宗に送った

慶次は大学に通わせてもらってる叔父に感謝し、授業中は真面目にノートをとってる
それがここ数日は授業をサボっていて、やっと大学に来たと思ったらこの有り様…

政宗も元親と同じように思っていたようで、慶次に目を移した

背中を覆う長い髪にそっと触れた指を止め
「…」
政宗は慶次の首筋の髪を横によせた

露わになる白いうなじ
その首筋に鬱血と食い込むように刻印された歯形の跡

「………」

元親は目を見開いでゴクリと息をのんだ
そして、髪が絡まる政宗の指先が細かく震えているのに気がついた

「…政宗…今は授業中だぜ」

「……わかってる」

地を這うような低い声音
政宗の眼に狂気が彩どっていた

元親はギリっと唇を噛んだ
(チッ…慶次)

危うい脆さを持つ政宗と慶次
元親は自分が加わることで三人ー…
微妙なバランスをとって『親友同士』という関係を維持してきたと思っている

それが…

(…壊れる)

突然割り込むように入った亀裂が
俺達の繋がりを壊してゆく
(あの…)

オレンジ色の髪の…

元親は慶次の体に触れたであろう男を脳裏に浮かべ、
滲んだ唇の血を舌先で舐めた


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「佐助さん!」

慶次は息を切らせて自宅のドアを開けた

玄関にある佐助の靴を確認しやっと安心すると、リビングのドアが開いた
「慶ちゃん、おかえり」
佐助がにっこり微笑んで迎え出る

「佐助さん、時間大丈夫かい?」
「まだ3時だし、ここからならバーまで近いから大丈夫だよ。
それよりちゃん勉強してきた?」

「え?あ、ああ!うん、まあボチボチな!」

大方寝ていたのだろう慶次のわかりやすい反応に佐助はため息をついた

あの後
二人で食事をし同じベッドで抱き合って眠ったのだが、
慶次は途中で起きて大学へ行き、佐助の出勤前に急いで戻ってきたのだ

ここ数日家にいたと言うことは、
大学の授業をサボっているのではと佐助が問いただすと案の定
数回出席しないだけで単位を落としたりしないと言いわけをする慶次をたしなめた

自分のせいで自堕落になって欲しくないという
親心のような気遣いを知ってか知らずか
慶次は買い物に付き合ってくれるなら急いで授業を受けてくると
逆に条件を出してきた

ほとんど出席をとるだけに行くようなものだろうが、欠席よりはマシだと思い
佐助は苦笑しながらも快諾した

「ところで慶ちゃん、何買うの?」

「そ〜だなぁ…」

特別欲しいものがある訳ではなさそうな様子を見て佐助は肩を竦める

「まぁいいけどね」

時間が惜しい慶次は佐助の腕をとるとマンションを出て駅へ歩き出した

「へへっ、これってデートかな?」

にっこり満面の笑みを浮かべる慶次に佐助は一瞬間を置いてから顔をそらせた

(ダメだ…俺、この笑顔見ると…)

「?どうしたんだい佐助さん…顔、赤いね」

「…そう?それより…俺様と出歩いて楽しいわけ?」
顔の火照りをサラリと誤魔化す

「俺、佐助さんが好きだよ。だからさ!一緒にいて楽しい。
佐助さんは俺とじゃつまらないかい?」
慶次は笑顔の中に少し不安そうな色を見せる

(はぁ〜…いっそ計算ずくのセリフならいいのに…なんかハマりそーでコワイな)

佐助はかき乱される心を意識して静める

「俺様も慶ちゃんが好きだって言ったじゃない。楽しいに決まってるでしょ?」

わかっている
慶次の好きは恋愛感情の好きじゃない

人として好きと言う意味だ
それでいい

万が一にも、男である俺に恋愛感情をもったら…
(俺は慶次をめちゃくちゃにしてしまう)

きっと、身も心も
全てを奪いつくしてしまう



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