残月


(う〜ん…)

佐助はカードキーを指先でクルクルと器用に回しながら、
かれこれ一時間程店の狭いロッカー室で悩んでいた
数日前、初めて慶次の部屋へ行った帰りスペアキーを渡されたのだが
丁度月末に入ったのもあって店が忙しく再訪する機会を逃していたのだ

佐助はカードキーを見つめ小さなため息をつく

(…だいたい、簡単にスペアキー渡すなんて…何考えてんのあの子?)

終わりのない思考が突然ロッカーを強く叩く音で遮断される

「何をしている、佐助」
「っと、かすが」

「店ではオーナーと呼べ」

はいはい…と、生返事をして佐助は肩をすくめた
金色の髪に抜群なスタイル…そして世間一般では美貌と呼ぶのだろう整った顔

(これで慶ちゃんみたいに可愛い性格なら完璧なんだけどなぁ…)

かすがとはオシメをしている時からの幼なじみなせいで
大人になった今でも佐助から見ると妹のようにしか思えない

かすがはギロりと佐助を睨む

「とっくに閉店してるんだ、サッサと帰れ」

「…だーかーら、その帰る場所をどっちにしようか悩んでるんじゃない」
かすがは怪訝そうに形の良い眉をひそめ
佐助の手にあるキーを見つけてフンと鼻を鳴らした

「タラシのお前が躊躇うとは…雹でも降ってくるんじゃないのか」
「あのね、かすがちゃん…人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

「はっ!どうだか…佐助」
「?」
かすがは神妙に目を眇め佐助を見つめた

「そのキーの部屋には行くな…お前が苦しむ」
「え…」
「苦しむことになると言ってる…ほらサッサと裏口へ行け!締めるぞ」

一方的に会話を打ち切られ、追い立てられるようにロッカー室を出た

佐助とかすがは店の裏口を施錠すると表の通りに出た

「雹が降るってことはないだろうけど意外と冷えるな…」
佐助が曇天を仰ぎ見る

「佐助、真っ直ぐボロアパートへ帰るんだぞ」
佐助はかすがの母親のようなセリフに小さく笑った
「あは、何?かすがちゃん、もしかして妬いてるの?」
佐助は顔を真っ赤にするかすがの反応が楽しくて、その細い体を抱きしめた

「な!何をする!貴様のことなど、どうでもいい!離せ猿!」
「も〜かすがは照れ屋なんだから」
「うるさい!……?」

かすがが急に視線を佐助の後ろへ向けた
佐助も何かと思いつられて後ろを振り向く

「え…」

驚いて数回まばたきしている間に
その影は弾かれたように駆け出した

「ちょ!?慶ちゃん!」
何か言いたげなかすがを置いて佐助は慌てて追った

全力で走り、追いつくと慶次の腕を掴む

「慶ちゃん!なんで逃げるの!?」
「あ、あれ?佐助さん?久しぶりだね」

ぎこちない笑顔を浮かべ、今気づいたかのようなワザとらしい返事をする
掴んだ慶次の手は氷のように冷たい

「…慶ちゃん、いつから待ってたの?」

閉店してから一時間以上経っていた

「お店に来れば良かったじゃない」

佐助が冷えた慶次の手を両手で包み込んで温めるようにこすった

「…コンビニのついでにたまたま通りかかっただけ」

慶次はポツリと小さな声で言った
朝方の一番冷える時間に外にいたせいで細かく震えている

「慶ちゃん…」

佐助はそのまま慶次の手を引いて歩き出した

「さ…佐助さん?」
「体、温めないといくら慶ちゃんでも風邪ひくんじゃない?」

「えっそれ、どーゆー意味?!」

佐助はカードキーを取り出してかざした

「慶ちゃん家、行ってもいいよね?」

ニコリと微笑むと慶次の頬に赤みがさした


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慶次の部屋は以前と違い生活感があった、というか散らかっていた

佐助はキッチンに山積みになったカップラーメンやら弁当やらを片付けながら思った
前に来た時はあまり家にいないと言っていた通り全く生活感のない部屋だったが、この数日はここにいたようだ

(…まさか、俺様が来るかもと思ってずっと部屋にいた…とか?)

「佐助さんも入るかい?」

突然慶次に声をかけられ、目を見開く
ほとんど素っ裸の慶次が手招きしていた

「け…慶ちゃ…」

佐助はもしや自分を恋しく想ってくれてるのでは…と一瞬でも頭をよぎった自分に自己嫌悪を感じた
慶次の様子は友達をプールに誘う子供のように無邪気なもので、佐助は逆に軽く苛立った

(…ちょっと泣かせてやろう)

「慶ちゃん、体洗ってあげる」
「え!ホントかい?」
「うん、バスルーム入ってスポンジに泡立てておいて」

慶次は嬉しそうに、へへっと笑い、わかった!と返事をしてバスルームへ消えた

佐助は掃除を切り上げ、服を脱いでバスルームに入ると、
慶次が一生懸命ボディソープをたっぷり含んだスポンジを泡立てていた

「はい!佐助さん」
肩越しに振り向いた慶次が佐助を見る

差し出された手からスポンジを受け取った佐助は慶次の視線に気づき首を傾げた

「…なぁに?慶ちゃん」
「…え…いや、佐助さんって、意外に体…」

慶次は赤くなった顔を隠すように背を向けた

「ん?筋肉付いてるって言いたいの?」

「う…うん、細身に見えたから」

途端に意識し出したのか慶次が緊張したように
真っ直ぐ前のミラーを見ながら体を固くしている
(…なるほど、この子、鈍いんだな)

大学生と言っていたから二十歳前後なのだろうが、そのわりにこの手の状況に疎いようだ

「慶ちゃんて、ウサギみたいだね」
「え?そっ…そうかい?俺、身長あるからそんな小さい動物に例えられたことないよ」
「そう?俺には慶ちゃんがウサギに見えるよ」

(まるで喰って下さいと体を差し出してるみたい…)

佐助は慶次の後ろでニヤリと笑んで、その体を洗い始めた



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