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「…佐助さん」
「なに?慶ちゃん」
今日も時間が早いせいか店内は比較的空いている
ざわめきがないのもあり
いつもより心なしか空気が重い気がした
「…その…ごめんよ」
「なんで謝るの?」
佐助のにこやかな笑顔に反した冷ややか口調に
慶次は思わず、うっ…と言葉を詰まらせる
だが、ここで引くわけにはいかないと身を乗り出して佐助を見返した
「この間、俺なんかしたんだろ?それとも政宗達がなんか言ったのかい?」
あれ以来、政宗の機嫌が悪く、もしや店で一悶着あったのではないかと懸念していたら案の定、
佐助の様子もよろしくないので慶次は何かやらかしたのだと確信した
「……その、だいぶ酔ってて覚えてないんだけど…佐助さんの気に触るような事言ったんなら…」
「俺の前で何をしたか覚えてないんだ?」
ゾクッと背筋に冷たいものが走るような低い声音に生唾を飲む
初めて見る佐助の様子に慶次は首を垂れて
「…ごめんよ」と小さく呟いた
大型犬が耳としっぽを垂らして、落ち込んでいるような慶次の姿に
佐助はフゥと息を吐いた
慶次は何も悪くない
悪いのはやり場のない苛立ちを慶次にぶつけてる自分だと佐助は反省し
出来るだけ穏やかな笑顔で言った
「ごめん。慶ちゃんは何も悪くないよ…」
「で…でも」
「本当に何でもない。また友達連れてきて」
「…うん…アイツら口は悪いけど根はイイ奴らなんだ」
「わかってるよ、慶ちゃんの友達だもんね」
慶次は佐助の雰囲気がいつもの飄々としたものに戻ったのを感じ
ホッと息をついた
「う〜ん…でも何だか俺の気持ちが収まらないなぁ…」
「本当に何でもないよ慶ちゃん?一杯飲んで直ぐ帰っちゃったんだから」
佐助はそう言うが、それなら政宗の不機嫌さが説明できない
大方、殿様気質な政宗が何か言ったのだとは想像出来るが…
慶次はふと閃いて手をポンと叩いた
「佐助さん、休みいつ?」
「え?俺?明日休みだけど」
「じゃ仕事終わったら、俺ん家に来ない?」
「……へ?」
**********************************
佐助はソファに座りながら広いリビングを見渡した
「慶ちゃんの家…近いね」
「うん。佐助さん家は?」
慶次のマンションは佐助が勤めるバーから徒歩15分程の所にあった
部屋のインテリアは至ってシンプル
逆にいうと殺風景
「…電車で30分くらいかな」
「ふぅ〜ん…遠いね」
駅まで歩いて電車に乗りまた少し歩くので片道計1時間かかるが
都市部ではまだ近い方だと佐助は思っていた
「俺ん家から通勤したら?」
慶次のあっけらかんとした申し出に
佐助は思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる
「あのね…」
呆れ顔で慶次を見るが気にも止めずキッチンでせっせと食材を切っていた
確かに人一人増えても何の問題もない広さのマンションだが
佐助が突っ込みたいのは慶次の楽天過ぎるところなのだ
(だいたい殆ど見ず知らずの俺を簡単に部屋に上げるなんて…)
警戒心のかけらもない
薄い明るい窓の外は
早くも朝の通勤の人の姿が増え始めていた
突然の誘いに戸惑いつつも、閉店後、紙コースターの裏に書かれた地図に従いマンションを訪れた佐助は
慶次の出迎えを受けて、一人暮らしには広すぎるリビングのソファで物思いに耽った
(…慶ちゃんが俺の事を知らないように、俺も慶ちゃんの事知らないな)
「部屋、物がないね」
「うん、あんまり家にいないから…だいたい大学とか友達ん家に泊まってる」
「慶ちゃんって…寂しがり屋さん?」
慶次は虚を突かれたように目を瞬かせた
「…よくわかったね佐助さん」
「一人でいるの、苦手なんだ?」
「うん…あ!いでッ!!」
慶次の叫びと包丁がシンクに落ちる金属音が響く
「慶ちゃん!大丈夫っ」佐助は慌てて駆け寄ると既に赤い液体が溢れ出てる指を掴んで口に含んだ
「えっ!あっ…さっ…佐助さ…」
チュウと唇で指先を包むように吸い、舌先で傷口を舐め上げる
「……」
見上げると慶次が真っ赤な顔をして佐助を凝視していた
その様子があまりにもウブで佐助はクスリと小さく笑う
「そんなに深くないみたい」
「…そっ…そっか!うん!良かったよ」
慌てふためきながら無理やり笑顔を作って
再び包丁を握ろとする慶次を佐助が止める
「慶ちゃん…またケガすると怖いから、アッチで休んでて…材料からして肉じゃが?」
「えっ!?ダメだよ!だってお詫びのつもりなのに佐助さんに作ってもらっちゃ…」
「気持ちだけで嬉しいから、ね?」
新品のようなキッチンから普段料理などしないのがありありとわかる
慶次と入れ替えにキッチンに立った佐助は手際良く料理を進めた
「慶ちゃん、みりんある?黄色っぽいやつ」
「みりん?コレ?」
慶次が冷蔵庫から取り出したのは酢だった
「お酢だよソレ、たぶんその隣のヤツだと思う」
「ああ!こっちか」
部屋の主がどちからわからないような会話が面白くて
二人は笑いながら共同で一品作り上げた
食欲を誘う美味しそうな匂いが漂う中
慶次と佐助はビールで乾杯した
「佐助さん、お疲れ様!」
「ホントそうだね」と佐助は苦笑する
「うう…ごめん、本当は俺がご馳走するはずだったのに」
慶次が再びシュンと項垂れるので佐助はビールを飲みながら手を振った
「冗談だって!俺様、嬉しいよ?ホラ。温かいうちに食べてよ」
パッと表情を明るくして慶次は肉じゃがを口いっぱい頬張る
「美味い!!」
「慶ちゃんは何食べても美味いって言うんじゃない?」
本心は嬉しいのだが少し意地悪を言ってみた
心外だとばかり、ホントに美味いんだって!と力説する慶次を可愛らしく思えてしまう
「ありがとう慶ちゃん…そう言ってくれるの、慶ちゃんだけだよ」
「そうなのかい?佐助さんの料理を毎日食えたら幸せだなぁ」
世の中で少し古臭い定番な台詞を聞いて佐助は悪のノリしてみる
「そう?じゃ、俺様が慶ちゃんの為に一生料理を作ってあげるよ」
「え゛!!!」
慶次が瞬く間に茹蛸のように顔を真っ赤にするので
佐助は腹をかかえて大笑いしてしまった
それを見てからかわれたと悟った慶次が今度は頬を膨らませ口を尖らせる
「ちぇ冗談かぁ」
佐助は子供のようにコロコロと変わる表情を見て
もっと慶次を知りたいと思った
笑いすぎて滲んだ涙を擦る
「だって、冗談じゃなきゃ困るでしょ?慶ちゃん」
「別に困らないよ…俺…佐助さんの事、好きだし」
「へぇーそう?俺も慶ちゃんが好きだよ」
ごく軽い感じに言葉を交わす
「味、濃すぎない?」
「ううん、丁度いいよ。まつねーちゃんと同じ感じ」
佐助は初めて出た名前を聞いて尋ね、慶次はざっと家族関係を説明した
なるほど、料理をしないわりに調味料や器具が揃ってるのは
料理の達人である叔母がたまにやってきて腕を振るうからかと納得する
そしてあの隻眼の男
政宗が経済的に前田家の危機を救ってくれたことも知った
「ふぅん…」
佐助は、政宗の敵意に満ちた強い視線を思い出し眉根を寄せる
『コイツは俺のモンだ』
宣戦布告ともとれる挑発的な低い声が耳の奥で蘇った
「佐助さん?」
無意識に険しい表情をしていた
慶次の呼びかけにハッと気づいて、笑顔を浮かべる
「なんでもないよ」
「佐助さん、疲れたんじゃないかい?良かったら俺のベッド使って」
人と逆の生活をしているので昼前就寝するサイクルが出来ている
腹が膨れたのもあって多少横になりたい気分だ
「でも…」
「遠慮するなって!自分の家だと思って寛いでくれよ」
確かに今更遠慮する必要もないと思い慶次の言葉に甘えることにした
警戒心の人一倍強い自分がこんなにアッサリ慶次という存在を受け入れるなんて
(…まずい…気がする)
これ以上踏み込まない方がお互いのためのような
漠然とした予感
促されるままに綺麗にメイクされたベッドに横になると、緊張が解けドッと眠気が押し寄せる
「慶ちゃん…」
毛布をかけようとした慶次に腕を伸ばし無意識に引き寄せた
長い髪に指を絡ませ、自分の胸に慶次の顔を押し付けるように抱きしめると
フワッと微かに花のような良い香りが鼻腔を掠める
(香…水…?)
佐助は、その微量な香りと共に眠りに落ちた
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ゆっくり水面に浮かび上がるように目を醒ますと
慶次の寝顔がすぐ横にあった
ぼんやりした頭で、慶次のマンションに来ていた事を思い出す
(…慶ちゃん)
デカい体を丸くして、佐助のシャツの胸元をギュッと掴み健やかな寝息をたてている
(可愛いなぁ…)
佐助は慶次と数日接し、その無防備さが天然のものだと知った
天真爛漫なくせに酷く傷付きやすいことも…
(悪い人間に騙されたらどーすんのよ)
健康的な薄紅色のぷっくりした唇に誘われるように顔を寄せる
(例えば…俺みたいなロクでもない男に)
政宗が慶次にした
喰らいつくようなキスを思い出す
(…慶ちゃん…俺にもちょうだい…慶ちゃんの)
慶次を起こさないように静かに唇を重ね合わせる
ただ触れるだけ
それでも伝わる熱が甘くて…
貪欲に膨れ上がる欲望を懸命に押し止める
(ああ…いやな感じがする…)
自分が変わってゆく
得体の知れない不安に佐助は目を閉じた