残月


月曜だというのに午前の一コマ目から授業が続いたせいで、
昼メシ代わりの菓子パンをかじる頃には眠気で意識が朦朧としてきていた

学食の脇に設置された休憩スペースでウトウトしていた慶次は
突然背中を強く叩かれ飛び起きた

「わぁっ!!」
「Hey,慶次。寝るには早過ぎじゃねぇか?」

胸の拍動を抑えるように手を当て、振り返ると政宗がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて立っていた
「な…なんだぁ政宗か、ビックリするだろ?」
もう〜っと口の先を尖らせる慶次をみて政宗はフンっ鼻を鳴らし、隣の椅子の引き寄せてドカリと座った

「昨日は忙しかったのか?」
「うん。利が訴状作るの忘れてて…あ、政宗のトコの案件じゃないからな」
「お前が事務所を継いだ方がいいんじゃねぇのか?」
政宗が面白うそうに笑う

「大学卒業するだけで充分だよ」
「オイオイ、俺のトコで働くなら試験に受かってもらわなきゃ困るぜ?」
「はは…その内な」

両親のいない慶次は叔父夫婦に引き取られて育ててもらっていた
養父の利家は弁護士なのだが、法廷での腕と事務所経営の商才は別物らしく
赤字続きだった事務所をいよいよ閉めるかどうかの岐路に立たされていた時、助けてくれたのが政宗だった

慶次は政宗の家が財閥だとは知らずに友達付き合いしていたので
利家を政宗の会社の顧問弁護士に指定してくれたときは大層驚いた

今でこそ、多少余裕のある暮らしをしているが、政宗がいなければ大学に通う身分ではなかったのは明らかだ
慶次も卒業後はすでに会社の経営に関わっている政宗の下で働くのが暗黙の了解のようになっている

「ところで、今夜ヒマか?」
「え…今日?」
「元親が合コンするから来いってよ」

あ…、と一瞬目を泳がせた慶次を見て、政宗は訝しがった
いつもは二つ返事で了解する男が珍しく躊躇している

「…用事があるなら別にイイんだぜ?」
「え?…いや、うん。行く」
「……そうか」

政宗は検索することなく、じゃあなと片手を挙げて席を立った

微妙な気まずさに慶次は一人頭を掻いた

実は今夜は久しぶりに佐助のバーへ行こうと思っていたのだ
週末は混雑していて佐助と話が出来ないだろうから避けて平日になるのを待っていたのに
(参ったなぁ)
合コンは楽しくて好きだけど、佐助と他愛もない会話をしながら
美味い飯を食う方が今は面白い

別に政宗に隠す必要もないのだが

(…確か夜中の3時くらいまでやってたよな)
1次会、2次会が終わってカラオケ…3時…店の閉店時間を考えるとギリかも

と、そこまで考えて約束しているわけでもないのだ
佐助に会うの明日にすればいいんじゃないかとも思ったが、
(…違う)

(俺が会いたいんだ…)と思い至って
さて?どうしてそこまでして会いたいのか…

慶次は小首を傾げながら、何気に見た腕時計の時間を見て叫んだ

「げ!午後の授業始まってる!」

立ち上がると、転げるように駆け出した


**********************************

午前2時半
もうそろそろ閉店という時間にゾロゾロと目を引く三人組が入ってきた

「へぇ〜ここが慶次お気に入りの店か。悪かねーな」
左目に紫色の眼帯をした銀髪の男が口元に意味深な笑みを浮かべ
カウンターに腰をかけた

「……」
続いて右目に眼帯をした男が、酔いつぶれた慶次を座らせ、隣に腰を下ろす

眼帯の男はどちらも違ったタイプで恐ろしく美形だ
真ん中の慶次はどちらかというと中性っぽい顔立ちで整っているが
他の二人とは違い、親しみやすさがある

とにかく店内がざわめいて空気が揺れるのを感じた

「…慶」
佐助がカウンターに突っ伏した慶次に声をかけようとすると、突然ムクリと起き上がる

「あーーーッ!!佐助さんだぁーー!」
「え…ちょ…慶ちゃん」

ケタケタと嬉しそうに笑い出す慶次に
佐助は呆気にとられていると、横から鋭い声で「ブランデー」と無愛想な声がした

「俺は日本酒」ニヤニヤと相変わらず口元の笑みを崩さず銀髪の男が言う

「…慶ちゃんは…お水の方が良さそうだね」
「俺はぁー、佐助さんの料理が食べたいのーーッ」

「悪いな、コイツには水でいいからよ」
日本酒を注文した男が慶次の頭をガシガシ撫で回した

「…慶ちゃんのお友達?」
佐助は手を動かしながら、男を見る
「おうよ!俺は元親。そっちの愛想のねーのが政宗ってんだ。ま、宜しくな」

政宗、と紹介された方に顔を向けるとその隻眼とカチリと視線が合う

「あんたが佐助か」
それだけいうと値踏みをするように目を細め、フンと鼻を鳴らした
「慶次がこの店を気に入ってるらしくてな…どんな店か見に来たってわけだ」

「そう?気に入ってくれたら贔屓にしてよ」
冷静を装って答えると
政宗が平然と返した

「ああ、気に入ったぜ?慶次の為に店ごと買い取ってやってもいい」
とんでもない台詞を元親が軽く受け流す
「お前が言うと洒落になんねーぜ」そう言って、佐助を向くと話を切り替えた
「今日は合コンだったのによ、慶次の奴が佐助さんトコで飯を食うからってんで空酒ばっかり飲みやがって」

で…この有様よ、と再び慶次の頭を撫で回す

注文の冷酒とブランデー、慶次には水を出す

「う〜…佐助さーん…」
慶次は完全に酔い潰れている

自分の料理を食べたくて、他の食い物を控えたせいで酔いつぶれたと聞いて
佐助は正直嬉しく思った

週末、慶次は姿を見せなかった
もしかしたら月曜には来るかもしれない、そう淡い期待をしていたのだが
そうこうする内に閉店時間も近くなり…軽くガッカリしていたところだった

「慶ちゃん…」
思わず呟いて、カウンターに伏せられた横顔を見た
赤みの差した頬
閉じられた瞼を縁取る長い睫

(…慶ちゃんってこんな顔してるんだ)
会ってまだ三回
まじまじと顔を見たのは初めてだと思う

そんな思考を断絶するかのようにダンと音を立てて空になったグラスが置かれる
「…元親、帰るぜ。俺ん家で飲み直しだ」
「ええーマジかよ…しゃーねぇな」

気分屋な政宗の言動に慣れているのか、不平を漏らしたのは一瞬だけで
元親は会計を済ませると先に外へ出て車を掴まえに行った

「慶次、帰るぜ?」
「ふぇ…どこにィ?」
慶次は重い瞼を半開きに上体を起こすと、ふらりと政宗に寄りかかる

「慶ちゃ…」
大丈夫かと無意識に指した手を政宗に叩き返され
佐助は目を見開いた

「ぁ…んん…」
慶次の顎を捉え、政宗はその唇に深く口付ける

息苦しそうに目じりに涙を浮かべ、慶次が甘ったるい吐息を漏らす
「ふ…ぅん」
政宗は慶次の舌を絡めとると、角度を変えながら貪るように味わい
最後に下唇をクチュと吸い上げた

「あッ…」
ビクッと慶次の肩が揺れる

ゆっくりと唾液の糸を手の甲で拭いながら
政宗は佐助に言い放った

「コイツは俺のモンだ」
壮絶な笑みが政宗の端整な顔を更に際立たせる

「……」
あからさまな敵意に佐助は腹の奥からドス黒い物が突き上げるのを感じた

佐助の鋭い視線をかわし、政宗は慶次の腰に腕を回して支えると店を出て行った



NEXT