数日もすると次第にこの生活に慣れてきた
元々自然に接するのは好きだったから、畑仕事は楽しいとさえ思えた
いっぱい働いて汗を流す
俺は農業が合ってるかもしれないと思った矢先
「今日から午後は稽古をつける」
「稽古って武術の?」
小十郎に連れられた道場には成実が待っていた
「あ!〜こっち!」
手招きをされて向かった先には…槍や刀が並んでいる武器庫のような部屋だった
「うっわ〜…スゴイな」
引きつった笑いで成実を見れば「そうだろ?」と自慢げに微笑み返す
「どれも自慢の名刀だけど…はどれにする?」
「え…いきなり本物使うの?」
「今日は初日だからどんなもんか試すだけ」
日本刀なんて初めてみる俺は、完全に引き腰だった
『でかい…包丁だ』
この長い包丁を振り回して、お互い殺しあうなんて…考えただけで血の気が引く
畑仕事に戻りたいと思いつつ、仕方なく槍を手にした
「槍にすんの?いいけど、槍って案外難し…ぐあっ!!!」
「うッあ゛!!」
細身だから軽いと思っていた槍は重く、勢いで成実の頭上に振り下ろし…というか、重力にしたがって落ちた
そのまま床に矛先がズブリと突き刺さる
「あ゛!!!あ、危ッ!!!」
成実はさすが、というべきか、寸でのとこで落ちてきた刃先を避けていた
「ちょ!ちょっとッ!!危ないって!」
「わ、悪ィーーッ!ホントごめん!」
成実もだが、俺も慌てた
その様子を見ていた小十郎がやれやれとため息をつく
「しっかりやれよ」
そう言って踵を返し、去っていった
「あれ?小十郎さんが相手してくれんじゃないの」
「え?無理無理!組み手にならないよ、素人だろ?俺が基本を教えるからさ」
やっぱり、竹やりに持ち替えようと、成実に槍を没収された
「俺こーゆーの向かないと思うんだけど…」
やれやれとため息をつきたいのはコッチだと思いながらも
竹やりを握りった
午前は鍬を振るい、午後は竹やりを振り回し
毎日が激しい筋肉痛との戦いだ
「腕が痛い〜」
汗だくで床に座り込む
「梵なんか、六爪流だぜー。刀六本、平気で振り回すからな」
あの重い刀を6本…
「おかしんじゃねーの」
「鍛錬鍛錬!凡人は鍛錬あるのみ!」
「鍛錬でどうにかなるもんかよ」と悪態をつきながらも、立ち上がって再び竹やりを構えた
最初は嫌々だった武術も慣れてくると中々面白い
槍を振るっている時は何も見えない
何も考えなくていい
その真っ白な時間が好きになった
成実は厳しい
『死にたくなかったら強くなれ』が口癖だが
鍛錬する理由がどうであれ、槍を極めるのもいいかも知れないと思った
持ってるだけで重いと感じた槍も
今は腕と一体になったかのように、扱える
政宗の家臣は少しガラが悪いけど、気さくでいい人達ばかりだ
『政宗の人望のなせるわざ…か』
居心地は悪くない、いや、現代にいたときより楽しいかもしれない
テレビもパソコンも漫画もないけど
陽が昇ったら動いて、沈んだら休む
そんな暮らしがこんなに自然なことだとは気づかなかった
娯楽がほとんどないっていうのもあって
朝、畑に行く前に槍の自主練をするまでハマってしまった
ある日
「hey.どうだ、調子は」
政宗がめずらしく道場に顔を出した
「あ、梵」
「はマシになったか?」
成実は渋い顔をした
「ヤバイよアイツ」
「why?」
「俺なんかもう相手になんない」
「……へぇ、どれ試してみるか」
ニヤニヤ笑いながら政宗が刀を抜く
「!かかってきな」
「ぁ…え、真剣?それ」
「死ぬ気でかかってこい」
「やだよッ」
そうか。と肩をすくめた政宗をみて、なんだ冗談だったのかと安心した瞬間
シュ!
空気を裂くような速さで刃先が振り下ろされた
「ぐッ!」
キィンッ!!
間一髪、柄で刃を防ぐが
グっと断ち切らんばかりの力がかかる
『う゛…重っ』
柄を回転させ刃を払うと同時に矛先を政宗のわき腹めがけて突き入れる
今度は逆に刀で止められ、ギリギリと力比べになった
「good!やるじゃねぇか!!」
政宗が楽しそうに笑った
瞬間その隙をついて、フッと力を抜き柄を引き、大きく弧を描き振りかぶる
『!!!』
ピタっと政宗の刃が俺の胴体に当てられ
俺の槍は…政宗の首、15cm以上手前で止まっている
「くっそ…俺の負けだ、政宗」
「……お前」
政宗は何か言いかけたが、刃をしまって
また口元に笑みを浮かべた
「なかなかSenseあるぜ?俺の刃を止めただけでも大したモンだ」
顔を上げるといつの間にか成実の隣に小十郎がいた
『やっべ…政宗に槍向けたなんて、やっぱマズイよな』
怒鳴られるかと思ったら、何も言わず政宗と一緒に道場を去ってった
「…良かった」
胸をなでおろすと成実が駆け寄ってきた
「!お前ってやつは!槍の才能があるんじゃないか?!」
「え?いや…俺負けたんだけど…」
悔しい。正直悔しいと思った
あんなに毎日鍛錬したのに、完全に見切られた
一朝一夕で身につくほど甘くはないと実感する
『…実践だったら俺、胴体真っ二つで死んでたな』
背筋を這い上がる寒気に
もっと鍛えないと…と、槍を握る手に力を込めた
「宜しいのですか政宗様」
「Ah〜何がだ小十郎」
小十郎は池の鯉に餌をやる政宗の背中に言った
「のあの目は危険です」
「……色がねぇな」
「明智光秀や…真田幸村のような。だが似て非なるもの」
「It understands.…あいつ等には色がある。明智は…黒か。幸村は赤」
「刃を振るう意思。狂気や忠義…目に色として宿る。『何もない』まま、力だけが増強されるのは危険です」
政宗は餌やりに飽きたのか、残りの餌の塊をボチャンと池に放り投げた
一斉に群がる鯉を一瞥してから、小十郎を見た
「久しぶりにゾクゾクしたぜ。手加減してるとは言え、俺の刃を止め攻撃してきやがった」
二槍使いの幸村を思い出す。
燃えるような紅蓮の炎を彷彿させる攻撃…だがの槍はそれも違う
言うなら『白』…いや『無』。
血が引くようなゾクリとする美貌。通った鼻筋に赤い唇、そして何の感情も読み取れないあの目。
しなやかに伸びる体と舞うように半月を描いて、躊躇なく振り下ろされる槍。
「政宗様。アレには武才があります。鍛錬を積めばあの真田に匹敵するほどになりましょう。
しかし、力には見合う精神が必要」
小十郎はを抱擁した時の、あの顔を思い出した
幼い子が温もりを求めて泣くような、それでいて諦めと達観を思わせる早老した
なんとも言えない笑顔を…
「制御できない力は暴走し…鬼と化す」
「Ha!…随分弱気だな小十郎」
カンっと鹿おどしの竹の音が響いた
「確かに危ういが、は見かけほど柔じゃねぇと思うぜ?」
「…政宗様」
「それに、アイツのことはお前に任せたはず。明日からはお前が稽古をつけろ」
「…御意」
|