見慣れない天井
太い梁が突き出て壁は石造り
そして横を向くと…太い木組みの格子

『牢屋?』

時代劇なんかで見たことがある
牢屋の真ん中に敷かれた布団に寝かされていた

低く呻きながら上体を起こすと見張り役らしい男が慌てて立ち去った

薄い藍色の着物を着せられている

『俺の服…』
いや、それより考えなきゃいけないことがある

気絶する前に会った男達のこと
確か伊達政宗と名乗っていた

『はっ…戦国武将か、っーの』

それにしても奥州とは、確か東北地方を言ったような気がする

記憶を繋げると
夜に自宅近くの公園で襲われ、今日の昼いつの間にか東北の雑木林にいた…と
ショックで解離のような記憶喪失になったのだろうか

そう理論的に整理してみるが
しかしどこかで非常にいやな予感がした

見張りの男の和装
牢屋

伊達政宗…そう言えばもう一人の男は小十郎と言っていたことを思い出す
『片倉小十郎だったりしてな』

はは…と乾いた一人笑いをし首を振って否定した
『だめだ、色々有りすぎておかしい』

とにかくこの牢屋から出て警察に駆け込もう
と結論を出したところで、格子の向こうから男が現れた

「ah〜?気分はどうだ、よく眠れ」
「伊達…政宗…」
と言ったな、答えろ。事と次第によっちゃあここから出してやる」
出れるなら従った方が賢明だと思い俺は大人しく頷いた

その様子に満足したのか鋭く眼光を和らげて続けた

「何故あそこにいた」
「何故って…襲われて…で、たぶん気絶したんだと思う」

「お前の持ってたあの金はどこの国のもんだ」
服と一緒に財布も没収されてたらしい
「え…どこって円だろ…日本の金じゃん」

至極当然にした返答に男は目を細めた
「外の国からきたのか」
「は?いや俺、日本人だけど」

かみ合わない会話に苛立ちを覚え聞き返した
「なぁ、ここから出してくね?警察には黙っとくからさ」
「けい…what?」
「警察!治安を守ってる人だろ〜頼むよ伊達さん!」
たまらず声を荒げた

「この奥州は俺が統治している」
「……伊達政宗って武将の伊達政宗かよ」
「yesわかってんじゃねーか」
「へぇ…じゃここは戦国時代か?確か…天正だっけ?」
「お前どこからきた」
政宗の真剣な目から逃れるように俯いた

いやな予感が的中した
信じられない
信じられない…が

「俺は…たぶん未来からきた」


***********************


座敷牢を出て男の後ろをついていく

長い廊下に幾つもの部屋
「なぁまさかここ…城?」
「…ああ」
「青葉…仙台城?」
「……」

無言で思案している男からはそれ以上の返事がなかった
土地感があるとまでいかないが仙台は何回か訪れたことがある

そういや伊達政宗の像とか観光したっけ…

ちらりと窓から見えた紅葉真っ盛りの木々
最初に雑木林で覚えた違和感

今は初夏だったはず

季節が秋に変わっている

当てずっぽうで言った事が見事に正解して
嬉しいやら悲しいやら…
何故かは知らないが
戦国時代に、伊達政宗の青葉城にいる
信じられなくても現実だ

『…しかし広いな…』

何回か左に折れ右に折れ、気をつけないと迷子になる広さだ

やがて男は一つの部屋の前で止まり襖を開け中へ入った
中には目覚めて最初に見た男…小十郎がいて伊達政宗が上座に座ると頭を上げこちらを見た

「いつまで突っ立てるつもりだ」
「入っていいわけ?」
「okey.入りな」
伊達政宗が変わりに応える
従って中に入ると小十郎の横に座った

こうしてみると伊達政宗は一国主らしく妙な威厳がある
その威圧感に気負しつつ畳の目地を見た

「顔上げな、
「…あのさ殿様」
「政宗でいい」
「政宗様!」小十郎がたしなめるような口調で言ったのを政宗は面白ろそうに小さく笑いて「いいんだよ」と制した
二人のやり取りが終わり改めて問いかける

「俺をどうするんだ」
「さぁて…どうしたもんか」
「俺だって信じられねーけど…俺はこの時代から450年後の人間だ…」
「未来の人間か…なら聞くが、この戦乱の世は誰が治める」
政宗の鋭い視線が突き刺さる
コイツ俺とタメくらいのくせに…なんなんだこの気迫は

だいたい本当の事言っていいのか?

「An?未来からきたなら知ってんだろ?」
「…徳川だよ」

ガタと音を立てて隣の小十郎が立ち上がる
瞬間首筋に冷たい刀が当たった

「…なっ」
「テメェ…何ていいやがった」
「徳川が天下とるって言ったんだよ!」

小十郎の目が血走っている
刃先の当たった皮膚がプツリと切れ、生暖かい感触が首筋を伝う

『な…んだ、やっぱ殺されるんじゃねーか俺』

牢を出されて一瞬でも助かるかもと期待した自分が馬鹿だった

「天下は政宗様がお取りになる!三河のガキに天下などッ」
キレる小十郎に俺もキレた

「テメーの主だってガキじゃねーかッ」
「なっなんだと貴様!政宗様に向かってなんて口を!」

怒りのあまり小十郎の手が震え鍔がカタカタ鳴った

『ああ…こりゃ殺されるな』

そう持った瞬間開き直った

「本当のことなんだからしょーがねーだろ?残念だったな天下とれなくてよ!」
政宗の低い声が響く
「三河は弱小だ、どうやったら天下人になれる」
「はぁ?知らねーよ!強いとこ同士戦わせてライバルが減るのを待って最後に残ったのを潰したんだろ!賢いやり方じゃねーか」

一気ににまくし立ててやると
小十郎がカチと柄を握り直した
「言わせておけば」

振り下ろされた瞬間首が飛ぶだろう…

「殺すなら殺せよ」

そう言って目を閉じた

恐怖はない
立て続けの理不尽な状況から解放されると思うとむしろ清々する

「いい覚悟だ。あの世で後悔しろ!」
振り下ろそうとしたその時、じっと話を聞いていた政宗が止めた

「よせ小十郎」
「政宗様!なりません!この様な狼藉者っ」
「まぁ落ち付けってんだ」
「っ…しかし」

小十郎はしぶしぶ刀を下ろし座した

俺がそっぽを向くと小十郎はチッと舌打ちをした

チリチリした険悪な雰囲気を散らすように
政宗の笑い声が響く

驚いて俺と小十郎は政宗を凝視する

「ま…政宗様。小奴の言うことなど…」

政宗は楽しそうに大笑いしたあとニヤリと口の端を釣り上げる

「なるぼどな…どうやらテメーが未来の人間だってのは本当らしいな」
「政宗様そのようなっ」
「小十郎、お前も見ただろう。コイツの着てた服は南蛮の舶来でもねぇ見たことのない素材だ、持ってた金も知らねぇ鉱物のがある…」
「っ…しかし」
「俺だって信じられねーが…三河の話、意外過ぎて妙にrealだ」

それに、と政宗が続ける
「俺はコイツが気に入った」

その言葉に再び驚いて俺は唖然と政宗を見た

「未来なんざ、今から変えりゃーいいだろ?なぁ!俺の天下取りを手伝いな」

「……」
「Are you okey?」
「…はぁ」

かくして俺は奥州筆頭伊達政宗の面接をパスし青葉城にて勤務することになった…


***********************


小十郎の広い背中を見ながら居心地の悪さを感じた

黙って後をついて行き通された部屋に入る

「お前の部屋だ。自由につかえ」
通された10畳くらいの和室には簡素な飾り棚があるだけで何もない

とりあえず中に入る
すぐ立ち去ろうとする小十郎を強引に引き止めた
「なぁ」
「テメーの相手をしてる暇はねぇ」
「っ!政宗に俺の世話をしろって言われただろ!?くさるほど言いたいことがあんだよ!」
渋々腰を下ろした小十郎は関を切ったように凄んだ

「その前に、まずは政宗様に対する無礼な態度を改めろ」
「…う……わかった」
「テメーが未来から来よう関係ねぇ。ここは政宗様が治める奥州だ。勝手な真似は許さん」
「……わかった」

素直に了解すると小十郎は少し気が収まったのか、言いたいことはなんだと言った

「あのさ、って呼んでくれない?一応名前あるし…それと」

一旦言葉を切る

「さっきは悪かった」
頭を下げると小十郎は小さく目を見開いた

よく考えると
ワケのわからない怪しい俺を保護してくれたことになる
それに…この世界でどうやって生きていけばいいのかわからない
今の俺はこの人達を頼るしかないのだ

「色々教えてくれ…分からないことだらけで…俺」
先ほどの興奮がおさまり命の危機が去ると今度は急に心細くなってきた

自分がどんな気落ちした顔をしてたのか分からないが小十郎が今までにない穏やかな声音で言った

「お前…も…難儀だったな。話が本当なら心中察する。ゆっくり覚えて政宗様の役に立って恩を返せ」
「片倉さん…」
「?名字を名乗った覚えはねぇが」
「知ってるよアンタ結構有名人だし。片倉小十郎景綱…政宗の忠臣、独眼竜の右目ってな」
小十郎は肩をすくめ一瞬だけ笑った

「小十郎でいい」
「そっか…」

初めて見る小十郎の表情に何故か釘付けになったがすぐ難しい顔に戻ると立ち上がって襖を開けた
「あとで夕餉をもってこさせる。ゆっくり体を休めろ」
「ああ…、ありがとう」
小十郎が立ち去って部屋に一人きりになる

『俺は…この先どうなるんだ』
疲れがドッと押し寄せ畳に寝転がった



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