深いため息をついて財布とケータイをジーンズのポケットに突っ込み部屋に鍵を掛けてアパートを出た
自分の部屋にいると気が滅入る一方だ
サークルの仲間といた方がマシかもと思い大学へ向け歩き出したものの…

住宅街の夜道に人影はない
駅まで歩くのも途中で億劫になり
今まで通り過ぎるだけで入ったこともない公園へ足を踏み入れた

『…疲れた』
寝不足もあるが体力的にというより精神的に疲れていた

球が切れかかっているのか街灯がカチカチ点滅して薄暗い
木製のベンチに腰掛けケータイを取り出し履歴を全消去した

『…しかし』
昨日騒動の末に別れた彼女を思う

『なんで嘘つくかね…』
彼氏と別れたって言ったから付き合ったのに
別れてなかった…ようは二股かけられた事が昨日判明した
彼女のケータイチェックしたらしい元彼、じゃない
現在形な彼から直接電話がきて…いきなり怒鳴られ…
『オマエ、誰?』って思わず応戦してしまったせいで戦勃発



『嘘つかれる俺が悪いのか?』
なんて…卑屈になってまた一つ小さなため息をついた

さらにその前…忘れもしない
高校の時の後輩に…散々な目に合わされた

こうしてみるとまともな恋愛が出来てない

『俺が…悪いのかな』

一人でいると鬱になりそうでケータイを手に友達の番号を探す

『最後に残んのってダチだよな』

不意に画面が暗くなり顔を上げた
街灯の光が目に入り眉根を寄せる

真剣に悩んでたせいか
いつの間にか目の前に人がいることに気付かなかった
こっちからは見下ろす相手の顔が逆光でわからない

「誰か待ってんの?」
かけられた声は若い
自分と同じくらいの背格好をしている

「…別に」
素っ気なく返して
立ち上がると顎を強引に掴まれた

無理やり男の方を向けられ初めてソイツを見る
目が合ったとたん、ニヤリと口元に笑みを浮かべるその意味深な表情に不快感が増す

不機嫌に見返すと、そいつは笑みを深くした
「そんなに嫌な顔すんなよ。せっかくキレイな顔なのによ」
「気色悪ィーんだよお前」
一瞥して手を払い除けた瞬間
頬に衝撃が走り、体が吹っ飛んだ

受身をとる余裕もなく冷たい地面に転がると
髪を鷲掴みされ、引き摺られる

『な…何…』

殴られたとわかったのは口の中いっぱいに血が溢れてからだった

ベンチの後ろ、植え込みの奥に突き飛ばされ
勢いで草むらに転がる
街灯の灯りも届かない、そこは闇に包まれていた

「さてと、大人しくしてな。騒ぐと殺すぜ?」

男は仰向けに転がる俺の体に跨ると、ベルトを引き抜きジーンズをズリ降ろし始めた
行為の意味を悟り、渾身の力で突き飛ばす
「離せ!この変態がッ!!」

相手がひるんだのはほんの一瞬で、すぐに腹を殴られ草むらに突っ伏した
逆流した胃液を吐き出し、腹ばいで逃れようとした肩をつかまれ
仰向けにされると同時に頬を平手で殴られる

「う゛!ゲホッ」
咳き込んで口から唾液と血が垂れ流れた

『ヤベ…』
全身が悲鳴を上げるように痛んだ
不意に首に温かな感触

男の手が首を締め付けている

『あ……こ…殺され…』

殺されると思った瞬間、景色が歪んだ

 . .   . .
『また…また殺される…』

呆気ない
薄れる意識の中で、こんなにも呆気なく死ぬのかと思った


***********************


「オイ!起きろ」

目を開くと男が見下ろしていた

「……ぇ」
喉が痛んで声が掠れる

相変わらす鬱蒼とした木々の中だが、なにかおかしい

『あれ…昼?』

骨が軋むような痛みに顔をしかめながら上半身を起こす
木洩れ日の静かな公園が…

『公園が…ない』
すぐ脇にあったはずのベンチ、そして公園がない
あるのは雑木林だった

「お前、何者だ」
「え…」

改めてその男を見る
ソイツは夜に襲ってきた男ではなく
オールバックに頬に刀傷…
一瞬『極道関係の人?』と思ったが、違和感を感じる

…着物に袴?羽織?
普段目にする和服とも違うような

呆然と男を見つめていると
その後ろから声がした

「小十郎…間者か?」
「…わかりませぬ、が早々に捕らえましょう」

頬に傷のある男を小十郎と呼んだ男はまだ若い
片目に…眼帯?のようなものをして、こちらも和装だ
しゃがみ込むと顎を掴まれ
「名は?」と低い声で問われる

「さ…」

「?さ」

「触るなッ!!」
その手を力いっぱい振り払った
襲われたあの状況を思い出し、恐怖が湧き上がる

口の中はまだ血で滑っていた

「政宗様!」
小十郎と呼ばれていた男が間に割って入る
「貴様!政宗様に無礼を!」
「Hey,小十郎、下がってな」

なんなんだコイツらは?
ここは…何処なんだ…

「何もしやしねぇ…名はなんて言う?」

名前…俺の名


…ここらじゃ聞いたことがねぇ名字だな…何処から来た」
その質問に緩く首を振った

「答えられねぇか?」
「ぇ…つーか、ここ、何処」
男はフンと鼻を鳴らし、整った唇に笑みを浮かべた

「ここは奥州。俺はこの地を治める伊達政宗だ」
「奥州…伊達…」

耳元でドラム缶を叩かれてるような耳鳴りがする
頭も二日酔いのようにガンガンして目の前が揺れる

やがてグラリと地面が傾き
俺は再び気を失った


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