残照


「政宗!見ろよ、すげぇ綺麗だ」

言われて政宗は空を見上げたが
日の落ちた薄紫のだだっ広い空があるだけだった

「何もねぇぞ」
政宗の素っ気ない返答に慶次は童のように頬を膨らませた

「え〜、空が綺麗だろ?雲もゆっくりと流れてさ!」

なんだ、そんなことかと
呆れて政宗は慶次を見た

落ちた陽の残照と闇が混ざり
紫色が濃さを増す

もうわずかで光は闇にのまれるだろう

「……なんだか、おめぇは死にそうだな」
「へ?」

慶次は突拍子もない政宗の言葉に目を丸くした

「この間会った南蛮人が言ってたぜ。善人が早死にするのは
神さんが心の綺麗な奴を自分の傍に置きたいからだってよ」
「へぇ…面白いこと言うな」
「Ha!くだらねぇ、囲ってるだけじゃねえか」

神仏を信じない政宗は鼻先で笑うと大げさに肩をすくめた

慶次は流れながら形を変える雲を、刻々と変化する空の色彩を楽しんでいる
「…俺は善人じゃねぇから、そんな心配はないな」

慶次の独り言のような声音に耳を傾けながら
政宗も空を見上げた

「お前が善人じゃなきゃ誰が善人だっていうんだよ」
「政宗」
「…あのな…」

からかっているのかと思った慶次の横顔は至って真面目だった

「だってさ、政宗は生きてるだろ?」
「An?」
「この世に生を受けてさ、その命を自分の思うままに生かしてるだろ?生き物として正しいと思う」

頭を掻いて照れくさそうに政宗を見た
「俺さ、戦嫌いだけど…出陣する政宗って煌いていてもの凄く綺麗だって思うんだ」

政宗は面食らったように、慶次を見つめた
「……つまり、お前にとっての善人ってのは正義も悪も関係なく
自分の思うままに生きてる奴を言うのか?」

「だってさ、何が善悪かなんて人によって変わるだろ?」
「hum〜…なら少なくとも俺にとってお前は善人だ」
「そうかい?俺にとって政宗は善人だよ」

答えのない議論に馬鹿ばかしさを覚え、どちらかともなく笑った

「じゃぁ、皆が極楽浄土行きじゃねーか」
政宗が苦笑すると、慶次は思い出したように手を打った

「そういやさ、島津のじっちゃんが言ってたぜ。
ホントは地獄も極楽もなくてあるのは…」
「?あるのは…何だ」
慶次はにやにやと顔を緩ませた

「控えの間だって」
「what?控えの間…?」

いつの間にか紫色の空は濃い紺色に変わり
微かに空気が冷えてきた

「仏さんも閻魔さんもいなくて、単に控えの間があって
そこで生まれ変わりを待つんだって」
面白いだろ?と慶次が微笑む

「何考えてんだ、あのジイさん」
そういいながらもその奇抜な発想を政宗は気に入ったようで
顎をひと撫でした

「だが、もしそうならお前とまた一緒に生まれ変わることもできるな」
「ああ!そうだな!どっちか早く逝っても控えの間で待てればいいんだ!」

はは!と豪快に笑う慶次の襟元を掴み
政宗は強引に唇を重ねた

「んんッ!?」

慶次の顎を引き、薄く開いた下唇をキュと吸う
触れ合うだけの口付けだった

「な…何すんだよ」
「何ってKISSだ」

慶次は唇を腕で拭いながら夕闇でも分るほど
顔を赤くして政宗を睨んだ

そんな慶次を見て政宗は悲しそうに目を細めた

「……本当に、てめぇは早死にしそうだぜ」

政宗の悲壮な表情に慶次は返す言葉に詰まらせた
「俺は…」
「なぁ、慶次。死んだら終いだ。何にもねぇ生まれ変わりもな…」
「……」
「お前と花を見ながら酒を飲むのも、今生限り」

目を伏せたまま鼻先で嗤う政宗を見て慶次はたまらずその背に抱きついた
「なぁ、政宗。賭けをしないかい?」
「賭け?」
「もしさ、生まれ変わって出会えたら…今度は俺だけの政宗でいてくれよ」

例え恋仲であっても、一国の主である政宗を束縛することは出来ない
分ってはいるが時折、慶次の心に深く影を落としていた

「俺だけを好いくれてさ、そんで一緒に暮らすんだ」
耳元で熱っぽく囁く慶次の腕をグイっと引き
政宗は城に向かって歩き出した

「Ha!それは俺の望みでもある…賭けにならねぇな」
「政宗…」
「明日には発つんだろ」
「…あ、ああ…そのつもり」

政宗にとっても、一つの地に留まれない性を持つ慶次は
決して手に入れることの出来ない存在だった
「今夜は飲むぞ」
「お!いいねぇ!」

政宗は慶次の手を強く握った

このまま違う世界に行ってしまいたいと思った
奥州の民も、天下取りの夢も何もかも放り出して
慶次と二人、ただ穏やかに暮らしたいと…

瞬きはじめた星屑をチラリと見上げ
小さく呟いた


「慶次以上に綺麗なもんなんぞ、この世に在りはしねぇ…」