残照


夕暮れに包まれる校舎を出た政宗はふとグラウンドに目を向けた

雄叫びと共にサッカーボールを蹴る赤いTシャツの男と
それを見守るオレンジ色の髪の男

かつて、自分のライバルと認めた幸村とその忍の変わらぬ姿に
政宗は顔をしかめた

「チッ…気楽な奴らだ」
迎えの車に乗り込み、流れる車窓を眺める

(つまらねぇ…)

奥州筆頭としての生を終え、気がつくと幼い体に生まれ変わっていた

側には以前と同じ、十歳程年上の小十郎いて
中学に進むと入学式で真田幸村と再会し、
少しすると教師として長宗我部元親が現れた

他にも前世で縁のあった者に次々と出会った

…なのに
いつまでも前田慶次だけがいない

一番会いたい慶次がいつまで経ってもこの世に現れなかった

(一緒に生まれ変わるって約束したのに…あの馬鹿が)

もう直ぐ、数百年前に伊達家を継ぎ慶次に出会ったあの歳と同じになる

(このまま…)
慶次のいない世で生き続けなければならないのかと思うと
どうしようもない虚無感におそわれた

建物の間に沈んでゆく陽を眺めて
慶次が綺麗だと言ったあの紫色の空を思い出した

「政宗様、本日の夜会には政界の…」

運転しながらスケジュールを告げる小十郎はバックミラーで政宗の横顔を見た

「政宗様…聞いておりますか?」

「An…うるせ…ぇ…」
気だるそうにしていた政宗の表情が突然変わった

「オイ!止めろ!」
食い入るように外を見る政宗の手が小十郎の肩に食い込む

「…政宗様?」
政宗は車が止ると同時に飛び出し、過ぎた道を駆け戻った

「政宗様!」

小十郎の呼びかけにも答えず政宗は道路沿いにある小さな公園に入ると
男の姿を見て立ち尽くした


「お前、野良かぁ?困ったな…俺んちアパートだからな」
白い鳶服を着たガタイのいい男が子犬を抱え頭を撫でている

「う〜ん…どうしよ。隠れて飼ったら怒られるよな…」

ハッと男が顔を上げた

子犬を抱いたまま立ち上がり、政宗に向かって手を振る


「おう!政宗!お前、この犬飼ってくれねぇか?」

「……」
「政宗ぇ?…どした?」






「慶次」

ただ一言その名を呼ぶと、男は政宗の良く知った屈託ない笑顔で
ゆっくりと近づいてきた

「…政宗、また出会えたな」

「遅ぇ…」
絞り出すような声で言うと慶次は困ったように微笑んだ

「…ごめん」

でもさ、と言いかけた慶次の襟元を鷲掴み
グイっと引き寄せると噛みつくように唇を重ねた

唇を吸い、口内に差し込んだ舌で慶次の舌を絡め
その感触を確かめるように角度を変え味わう

大人しく身を預けていた慶次だが、政宗の巧みな口付けに体が反応し始め
慌ててその体を押しのけた

「っま…政宗、ここ外だぞ!」
「だから何だ」

政宗が再び慶次の腰に腕を回した時、背後で小さな驚きの声が上がった

「てめぇ…前田慶次か」
政宗を追いかけてきた小十郎が唖然とした表情で慶次を見ている

「お!小十郎さんかい?久しぶりだな!」

慶次が片手で手を振ると政宗は舌打ちをして小十郎を見た

「邪魔するんじゃねぇ、小十郎」

小十郎は政宗の鋭い眼光にたじろきもせず、慶次を睨む

「てめぇ…今頃ノコノコ現れやがって。政宗様がどれほど心を痛めていたか」

慶次は子犬を小十郎に押し付けた
「なぁ、小十郎さん。この野良、政宗ん家で飼ってくれねぇかな?」
「……」
小十郎は眉間のシワを深くして両手に子犬を抱えたまま慶次を見据えた

「そんな怖い顔すんなよ小十郎さん…俺だって早く政宗に会いたかったよ」
「…何だその格好は」

「へ?ああ!コレ?仕事着!」

「…仕事?」
政宗はようやく慶次の鳶服に気づき面白いものを見る目で眺めた

「オメぇは相変わらず傾いてんな…」

「違うって!建築現場で働いてんの!…俺さ、気づいたら生まれ変わってて
…傍に政宗がいなくてさ…」
「…慶次」
「んで中学卒業してから、ずっと働きながらお前のこと探してたんだ」

慶次はニッコリ笑った

「え…」
「金貯めては引っ越して、日雇いの仕事とかしてさ、ずっと全国巡ってたんだ」
「…慶…次」

驚いて慶次を見る政宗と小十郎の視線に少し目を伏せた
「俺は信じてたよ。必ず政宗に会えるって信じてた」

慶次は政宗の手をとり、そっと口付けた

「遅くなってごめんな」
「ッ…」
政宗は込み上げる涙を隠すように顔をそらせた

「慶次…俺は…大馬鹿野郎だ…。
てめぇが現れることばかり考えて探そうともせず腐ってた…俺らしくもねぇ…」
「お前も動いてたらすれ違っちまうだろ?これでいいんだよ」
「…慶次」

今度はどちらからともなく唇を寄せる
それを阻むように小十郎が咳払いをし、慶次に犬を押し返した

「てめぇで世話をするってんなら飼ってやってもいい」
「…え?それって」
「政宗様の屋敷に来るのか、来ないのかハッキリしろ」
「こっ…小十郎さん、いいのかい」

フイっと顔を背ける小十郎に代わり、政宗が慶次の手を引いた
「慶次、一緒に暮らすって約束しただろ?今夜は久しぶりに飲むぜ」
「お!いいねぇ!」
「政宗様、彼奴らも呼びますか」

小十郎の言葉に政宗が小さく肩を竦める

「…仕方ねぇ、いずれ分かることだしな」
「え?何?彼奴らって…まさか」
「幸村達も生まれ変わってる」

慶次は目を丸くし、飛び上がらんばかりに喜んだ
「本当かい!?政宗!」
「ああ。お前が一番遅いんだよ」
「そっか〜…みんな…みんないるんだな」

感極まって涙を浮かべる慶次を優しく抱き寄せると、
政宗は小十郎に指示した
「小十郎、今日の予定は全てキャンセルだ。宴の用意をしろ」
「御意」

公園を出て路肩に停めたベンツに向かう途中、慶次は政宗に言った

「なぁ、政宗」
「なんだ」
「また来世も一緒にいような」
「出会ったばっかりだってのにもう来世の話か」
政宗は口元に笑みを浮かべ慶次を見つめた

「…分かりきったことを聞くんじゃねぇ」

「政宗…」

立ち止まって、そっと唇を重ね合わせる

いつの間にか、陽は落ち
二人の上に薄紫の空が広がっていた