残月


佐助は気だるい体を起こしてベッドサイドの時計を見た
(昼過ぎか…)

「ん…、佐助さん」
「あ、慶ちゃん」

横で寝ていた慶次がモゾリと寝返りを打って、佐助の方を向いた

「……」
「佐助さん…?」

5秒程固まっていた佐助が叫び声を上げる

「どっ、どうしたんだよ佐助さん!?」
「おッ!俺!慶ちゃんをッ…!」

頭を抱える佐助が言わんとすることを察し、慶次は薄っすら頬を染めた

「俺は大丈夫だよ…ちょっと腰が重いけど」
「ごッ!ごめん慶次ッ!」

スプリングを軋ませながら佐助は頭を下げる
「今更だけど…最後までするつもりはなかったんだ!」
「え…」
勢いとはいえ、ノンケの慶次を抱いてしまったことを思い出し
佐助は青ざめた
「慶ちゃん…」
佐助の様子に慶次は顔を曇らせる

「佐助さん…俺としたこと…後悔してんの?」
「だって…慶ちゃん、男としたんだよ?ノンケだろ?!イヤだろ普通…」

それを聞いて慶次はニッコリ微笑んだ
「ヤダよ。男とセックスするなんて」
「…っ」
佐助はズキンと胸を抉られるような痛みに眉根を寄せ言葉につまる

「でも、佐助さんは特別。佐助さんとならいっぱいしたい」
「…なんで?…気持ち良かったから?」
「うん、すごく気持ちよかった…俺、あんなの初めてだった」
嬉しそうに微笑む慶次に佐助は辛そうに声を絞る

「…それなら…俺よりセックスが上手い奴がいっぱいいるよ」
慶次はキョトンと目を丸めて、首を振った
「何言ってんだよ佐助さん。俺、佐助さんだから気持ち良かったんだ。
好きな人とじゃなきゃあんなことしない」
「慶ちゃん…え?好きって?」
「?俺、佐助さんが好き」
「え゛?!」

驚愕する佐助を見て、慶次も動揺する
「俺ん家に佐助さんが最初に来た時…俺…佐助さんが好きって言ったよ?
佐助さんも…好きっていってくれたよね」

確かに肉じゃがを作りながらそんな会話をした記憶はあるが
まさか恋愛感情での好きだとは思いもよらず
佐助は言葉を失った

「あ…もしかして…冗談、だった?」
慶次が泣きそうな笑顔を浮かべたのを見て、佐助はハッと我に返った
「慶ちゃん、ノンケだって…だから俺ずっと…」
男の自分が慶次の恋愛対象になることはない思っていた
だからこそ佐助は慶次に惹かれながらも距離を置かなければと葛藤していのに…

「…慶ちゃん、俺なんかでいいの?」
「俺は佐助さんだからいいんだって!」
「慶次ッ」
佐助は思わず、慶次を強く抱きしめた
慶次の肌には佐助が付けた情交の跡が至るところに残っている

「慶ちゃん、もう一回しよう」
「えッ!ちょ…さ、佐助さんっ?!」
突然、そのまま押し倒され慶次は顔を真っ赤にして佐助を見上げた
「佐助さん」
「ね、慶ちゃん。約束して?俺以外の奴とは寝ないって。男はもちろん女もだ」
「…う、うん。もちろんだけど…俺もお願いが…」
「何?」
「佐助さんの料理…毎日食べたい…」

佐助は目を細め、慶次を見つめる
初めて慶次の家を訪れ、手料理の話をしたときは冗談として軽く流した
本気にするには重い言葉だからだ
「意味、わかってるの?ずっと一緒にいるってそう簡単なことじゃないよ?」
「利がさ、どっちかが終わらせたくないって思ってれば縁は切れないって言ってた
俺は何があっても佐助さんと一緒にいたい」

佐助は慶次の瞳に映った自分の情けない顔を見て目を伏せた
「慶ちゃん…」
「佐…」
ギュウうぅぅ〜突然の轟音に顔を見合わせる
音は慶次の腹から響いていた

「くっ!はははっ!!またかっ」
慶次に触れて気まずい雰囲気になった時の事を思い出し
佐助は思わず噴出した
「笑うなって!佐助さんがあんなにいっぱいするから…腹も減るよっ!」
「俺様は飯より慶次が食いたい」
「佐助さんって俺の体が目当てなんじゃないの?」
プイっと横を向く慶次に佐助はニヤリと笑った
「あれ?今頃気付いたんだ?」

佐助はベッドから降りると散らばっていた服を身に付け、洗濯物を拾い上げる
「何か作ってくるから待ってて。俺、今日明日休みだから時間もあるし後でゆっくり…」
「佐助さん連休?じゃ、俺も大学休んでいい?!」
一緒にいたい慶次は必死に目でうったえた
「う〜ん…」
「佐助さんのせいで、腰が動かない!」
「う゛…そこをつかれると辛いな…」
佐助は苦笑しながら肩をすくめ、慶次の額に口付けを落とす
「慶ちゃん、好きだよ」
「俺も…佐助さんが好き」


二日間外出せず部屋にこもり、互いの気持ちを確認しあうように体を重ねた


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「なんだ…休講か」
大学の掲示板に張り出された紙を見て、慶次は腕時計を見た
次の講義まで二時間近く空いてしまい仕方なく図書館で暇を潰そうと
踵を返したときだった

「慶次ッ!」
「おう!元親!」
「何でケータイ出ねぇんだよ!」
「あ〜…悪い」

この二日間ベッドで佐助と過ごしていたのでケータイを放置していたなんて
言えるわけもなく適当に言葉を濁す

「何か急用かい?」
「お前、今日政宗に会ったか?」
「え?政宗?まだ会ってないけど…俺、いま来たばっかりだし」

元親は形の良い柳眉を寄せて顔をしかめる
只ならぬようすに慶次は取り出した携帯で政宗に電話してみたが
電源が入っていないという無機質なアナウンスが流れるだけだった

「…政宗、仕事とかで忙しいだけじゃないか?」
今までも急な海外出張で数日連絡の取れないこともあった
「……だといいがな」
元親は納得してない様子のまま慶次の手を引き、学生用の駐車場へ向かった
無理やり慶次を助手席に乗せるとエンジンをかける

スポーツカー独特の重低音なエンジン音が響いた

「どこいくんだよ元親!俺、まだ講義が…」
「うるせぇ!とにかく今日は送るから家に帰れ!」
「何でだよ!」
慶次の抗議を無視して元親は車を出した
「政宗と連絡がつくまで俺が送り迎えする。いいな」
「……」
慶次は憮然としながも口をつぐんだ

マンションの前にくると、元親も車を下りエントランスへ入ってきたので
慶次は少し慌てた
佐助と同居していることは誰にも伝えていなかったからだ

そんな慶次を横目で見て元親は鼻を鳴らした
「一緒に住んでんだろ?アイツに話があんだよ」
「えっ!?何で…」
慶次の問いには答えず、元親は無言のままエレベーターに乗り込む
合鍵でドアを開けると慶次をリビングに留め
佐助が眠っている寝室へ入り込んだ

「おいッ!」
ガンっと乱暴にベッドサイドを蹴る
「…チカちゃん、お酒ならバーに来てくれない?」
佐助の不機嫌な顔をものともせず、元親は口に人差し指をあてると
おもむろにベットヘッドと壁に間に手を伸ばしコードを引きずり出す

「これ…」
元親の行動を見守っていた佐助が三叉の白いタップをとり、無理やり蓋を剥ぎ取る
金色の金属の間に緑色の基盤とマイク
「クソ…ッ!」
佐助は忌々しげに基盤を折るとゴミ箱に投げ捨てた

元親がガシガシと頭を掻く
「十中八九、政宗の仕業だ。俺たちはココの合鍵持ってるからな」
「盗聴か…ホント高尚なご趣味で」
この2日は家を空けていない…となれば、慶次と教会へ行ったあの間に取り付けられたものか
当然情交の様子も筒抜けということになる

「政宗と連絡がつかねぇ。おまけにコレが仕掛けられてるってことは…」
「ふん…お坊ちゃまは相当お怒りってわけか」
「佐助。言っとくがアイツを甘くみるな。アイツは慶次の為なら人殺しだろうが何だってする奴だ」
「……だろうね」
政宗の狂気に満ちた眼光を思い出し、佐助は笑みを凍らせた

「とにかく、業者呼んで玄関の鍵を変えなきゃならねぇ」
元親が電話をしている間、佐助はゴミ箱の中で散らばる盗聴器を見た
自分に向けられる見えない殺意に唇を噛む

元親はパタンと携帯を閉じ佐助の横顔を見て溜め息をついた

「取り越し苦労だといいがな…とりあえずアンタは身辺に気をつけろ。ココも引っ越した方がいい。
俺のオヤジがもってるマンションの物件を探しておいてやるからよ」
「チカちゃん、迷惑かけて悪いね…」
元親はニヤリと笑った
「アンタの為じゃねぇ。慶次の為だ」

寝室を出てきた二人に慶次が駆け寄る
「なぁ、どうしたんだよ?なにが…」
不安げな慶次を落ち着かせるように佐助は両腕で優しく抱きしめた
「大丈夫、なんでもないよ慶ちゃん」
「なんでもないって雰囲気じゃないだろッ…」

「慶次、何でもねぇっていったら何でもねぇんだよ」
元親は静かな笑みを浮かべながら慶次の髪を梳くと
佐助にケータイの番号を教えて帰っていった



佐助は慶次の手をとって寝室へ戻ると二人でベッドに寝転んだ
「慶ちゃん…」
「…佐助さん、政宗がどうかしたのか?」
「慶ちゃんはさ、今までどんな人と付き合ってきたの?」
突拍子もない質問で話を逸らされ、慶次は目を瞬いた

「どんなって…普通の子だけど…俺、モテないんだよね」
慶次は悲しそうに笑う
「付き合ってすぐ、他に好きな人が出来たとか、俺のために別れた方がいいとか…」
元親が相手に手切れ金を渡して別れるように仕向けていたコトを思い出し
佐助は目を伏せる慶次を優しく抱き寄せた

「なぁ、佐助さん大岡裁きの話、知ってる?」
「…確か、子供を巡って母親を名乗る二人の女性が争うやつでしょ
子供の手をそれぞれ引っ張らせて…子供が痛がって泣き出したのを見て
思わず手を離した方が本物の母親だって判断した」
「うん…でもさ、俺だったらホントに離したくないって想ってくれるなら
例え手が千切れても離して欲しくない」
「……」
「俺の為を想って離れていって欲しくない。俺の為だっていうなら、何があっても離さないで欲しい」
「俺は離れないよ」
「佐助さん…」
慶次は胸が苦しくなって、佐助の背中に回した腕に力を込めた
ジワリと滲んだ涙が大粒になってボロボロとこぼれる
佐助がそっと顔をよせ、動物が傷を癒すように舌で涙を舐めとった
「佐助さ…」
佐助は慶次の声を塞ぐように唇を押し付け
子供をあやすように優しく何度も重ね合わせた

「俺はずっと慶次のそばにいる…いなくなったりしない」


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慶次はテレビのリモコンを放り投げ、ソファに横たわった

突然暫らく休みをとると言い出した佐助を無理やり出勤させてから
数時間経つ
そろそろバーも混み始める頃だろう

連休後に休職するなんて言ったらクビになっちゃうよと説得し、
誰が来ても絶対ドアを開けない約束をして渋々仕事に向かった
佐助を思い出す

「女の子の一人暮らしじゃあるまいし…佐助さんも元親も心配し過ぎ…」
独り愚痴をこぼした時、インターホンが鳴った

「誰だろ…」
起き上がって、リビングに備え付けたモニターを覗くと
「!政宗ッ!!」

『おう、慶次…鍵、変えたのか』
「え…ああ、なんか今日元親が来て急に…」
『…元親…裏切ったか』
「え?」
『まあいい…早く開けてくれ』
「あ…うん」

慶次は玄関に駆け、ドアの施錠を下ろそうとした手を一瞬止めた

絶対に開けるなと佐助に言われた
政宗が来ても開けるなと…

『慶次?どうした…』

政宗のいつもよりゆっくりで低いトーンの声に何となく違和感を覚えた
「政宗、最近どこに行ってたんだ?元親も連絡が取れないって心配して…」
『別荘だ。少し改修工事をさせてた』
「別荘…」

政宗は日本中に別荘を持っている
仕事関係でもなさそうな別荘の改修に何故政宗が立ち会うのだろう…?
疑問に思っていると政宗の少し震えた声が聞こえた

『なぁ、慶次。中で話さねぇか?寒い』
「…あ、悪い!今、開ける」

カチャと施錠を外したとたん、
ガンッ!!とドアが壊れるほど開かれ、政宗が入ってきた

「政宗…」
政宗は氷のような冷たい笑みを浮かべている
「慶次」
そっと慶次の頬に手を添え、愛おしそうに撫で下ろす

「…お前、ずいぶん奴に汚されたな」
「え…」
政宗は笑みを深め、口角を吊り上げた
ゾクリと背筋に冷たい感覚が走り抜け、慶次は思わず一歩後退すると
それに合わせ政宗が足を踏み入る

「安心しろ。すぐに真っ白にしてやる。俺以外何も考えられないようにな」
「ま…政宗…?」

口と鼻を白い布で覆われた瞬間、慶次は意識を失いその場に崩れ落ちた



continue…