天河


幸村の屋敷から少し離れた裏山で
池に釣り糸を垂らしながら、慶次はあれこれと思案していた

全く女に免疫のない幸村をどうやって口説くか…
幸村の慌てふためく様を思い浮かべて一人笑い声を上げる


「…さて、どうするか」

まずは、いきなり口を吸ってみるのもいいかもしれない
茹で蛸みたいに顔を真っ赤する幸村を想像し、再び大声で笑った


「楽しそうだな」

背後の声に慶次はハッと立ち上がる
見知らぬ男が三人

ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて近づいてくる

「…誰だい?あんたら」
慶次が睨めると、男の一人が口の端を釣り上げた
「なに…別に名乗るほどのもんじゃねぇ。あんたの楽しそうな笑い声に惹かれただけよ」

体格のいい男が懐から短刀を抜き出したのを見て
慶次は鼻先で笑った

「…山賊か?言っておくけど見たとおり、金目のもんなんかないぜ?」


幸村の領地でもめ事は起こしたくないが仕方ない
慶次は男の手を軽く片手で払おうとした

…が


「っ!」

ガンッ!と顔に衝撃が走り、体がフワリと宙に浮いた
次いでザバッと水の中に沈む

訳が分からないまま、凄まじい勢いで胸ぐらを掴まれ引き上げられた

「…ぁ」

男がいやらしい笑みでずぶ濡れの慶次を原っぱに引きずる

「…え……な…何」

武将でもなんでもない
ただの山賊に何故、力負けしているのか

理解した時には体の上に男が跨っていた
着物を剥がされ、裸にされる

若草に広がる自分の黒髪を見て慶次はポツリと思った

『…あ、簪』

きっと、さっきの勢いで池に落ちたに違いない

開いた太ももを高く持ち上げられたその時

「ぎあッ」
短い悲鳴と共に男達が吹き飛んだ


「…幸村?!」

突然現れた幸村が次々と男達を殴り倒して行く

血を吐いて這いつくばる山賊を引きずり起こし、
容赦なく殴りつける幸村に慶次は手を伸ばした

「や…止め…」

先ほどまで悲鳴を上げていた男達は気絶して白目をむいている

「幸村、や…止めろ…殺しちまう…」

幸村の見たこともない形相に慶次は必死で手を伸ばした
顎が砕ける鈍い音が響いても幸村はその手を止めようとしない

「幸ッ…幸村!!」

慶次は痛む体を引きずり幸村の背に飛びついた

「!」

幸村はビクリと体を震わすと、振り上げた拳を止めた

「…幸村!俺は、大丈夫だ!」
「慶次…殿…」

幸村は慶次を抱え上げ、散らばった着物をかき集めると突然駆け出した
「ゆっ、幸村!?」

山を降り、屋敷の近くまで来て
幸村はようやく立ち止まると慶次を見て叫んだ

「何故、抵抗なさらぬッ!?」
「幸…」

「屋敷中探してもおらぬ故、嫌な予感がして裏山へ来たから良かったものの!
もし俺が来なかったら、どのようになっていたかッ!」

幸村は慶次の手首を掴んで烈火の如く怒鳴った

「慶次殿ならあのような山賊如き、容易く倒せるであろう!なのに何故だッ!」
「痛ッ!」

慶次が顔をしかめたので、幸村は反射的に手を離した

「す…すまぬ」
見ると細い手首が赤くなっている

「それ程、力を入れては…」
戸惑う幸村の様子に、慶次はプっと吹き出した

「な、何がおかしいのでござるか!?」
「はははッ!だからさ、幸。こーゆー事だって」
「は?」

深い息を吐いて慶次はうつむいた

「女の体ってこんなに弱いんだな…」

悲しそうな笑いを浮かべる慶次を見て
幸村はようやく理解した

「慶次殿…俺は」
「ま、お前が来てくれて良かったよ。あんな奴にヤられるのはまっぴらだからな」

幸村は着物についた土を払い落とし慶次に着せると
壊れ物を扱うようにソッと抱えなおした

「幸村、歩けるから大丈夫だって」
「……早く顔の手当てをしなければ。大人しくしてくだされ」

言われて急に、殴られた頬の痛みを感じ慶次は目を伏せた
「迷惑かけて…ごめんな」

自分に比べて細いと思っていた幸村の体は存外逞しく、
その厚い胸板に頭を預けていると
鼓動や温もりが伝わってきて急に眠くなった

「幸…」

慶次はドッと疲れを感じ、幸村の腕の中で瞼を閉じた


****************


屋敷の裏をまわり、そっと私室へ戻ろうとしたところに
バッタリと佐助に出くわした


「おお!佐助、良いところに」

「…旦那」

「すまぬが傷薬と水桶を持ってきてくれ」
「…旦那、ま…まさか…」

佐助は主の姿に愕然とした

幸村に抱きかかえられた慶次は髪が乱れ、
顔や手首が赤く腫れ、口に乾いた血がこびりついている

おまけに乱雑に着せられた着物の合間から白い脚が覗いていた


「旦那ッ!!」

佐助は眼を釣り上げて駆け寄ると幸村の頬を殴った

「ぐッ!な!何をする佐助?!」
「俺はなぁ、あんたを見損なったぜ!」
「何のことだ!」

佐助は死んだように眠る慶次の蒼白な顔を見て胸が痛んだ

「俺が旦那の育て方を間違えたせいだ…慶ちゃん、許してくれ」
そう言って、幸村から引き剥がそうと慶次の肩を抱きこんだ

「何をする佐助!慶次殿を離せ」
「あんたが離せよ!もうこれ以上、慶ちゃんを汚すわけにいかねぇんだ!!」

幸村を睨み付けると、グイっと力づくで慶次を引っ張る

「佐助ッ!!いい加減にしろ」
佐助に奪われまいと幸村も腕に力を込めた

「離せッ」
「旦那こそ、いい加減にッ」

グググっと引っ張り合っていると慶次が目を見開いて叫んだ

「痛でぇぇーッ!!!」


****************

パタンと障子を閉める音を聞いて
幸村は手に持っていた茶を盆に置いた

「どうだ?慶次殿の怪我は」

慶次の手当てを終えた佐助が幸村に並んで縁側に腰を下ろす

「腫れるかもしれないけど跡は残らないよ。
口の中、切れてるからしばらく冷や粥で我慢してもらうしかないね」

「そうか」

小さく息を吐いた幸村を見て佐助は笑った

「…しかし旦那、よく平気だったな」
「何がだ?」
「いや、慶ちゃん殆ど裸だったじゃない?
いつもの旦那なら鼻血吹き出して…って!わ〜ッだ、旦那!」

佐助が言い終わらない内に幸村は鼻血を流して顔を真っ赤にした

「ぐッ…」
「今頃、照れなくていいだろッ!ああ〜ほら、これで押さえて!」

幸村は佐助が差し出した手拭いをひったくり、鼻を押さえる

うつむく幸村に佐助は尋ねた
「旦那」
「何だ」
「慶ちゃんの体どうだった?」

幸村は佐助を睨んで叫んだ

「はッ、破廉恥な事を!」
赤い顔を更に赤くする幸村に佐助は少し真剣な表情で見返す

「俺、真面目に聞いてるんだよ」
「ど…どうって」
口ごもりながらポツポツと答える

「…柔らかかった」
「うん」

「細くて、折れてしまいそうなくらい華奢だった…それに」
「それに?」

促す佐助の視線から目をそらし、消え入りそうな声で呟く

「桜のような…良い香りがした…」


佐助は満足したように頷くと、いつもの飄々とした表情に戻る

「優しくしなきゃな、旦那?」
「うむ」

幸村は閉じた襖を見つめて微笑んだ



continue…