漆黒2
涼子を近くのホテルに送ったあと篤は家に戻ってきた
両親は祝い酒でぐっすりと眠っている
一人、明の部屋で帰りを待っていた
開けっ放しの窓から桜の花弁が舞い落ちてくる
舞い落ちる花を目で追うと、机と壁の間に押し込まれたグローブとボールがあった
昔、弟とキャッチボールをした記憶が蘇る
あの頃は何の溝もなかった
年の離れた弟はひたすら兄を慕い
兄も幼い弟を可愛がった
いつからだろう…たぶんあの日からだろう
自分は特別優秀なわけではない
むしろ…弟に劣っている…
記憶力も良く、九九も自分が習った頃より明はずっと早く憶えたし、運動も出来た
その明が何故『出来が悪い』のか、不思議で学校へ様子を見に行ったことがある
学校の運動会のリレーを見て解った
その日、俺は珍しく明を怒鳴った
『何故本気でやらない』
明は一生懸命走ったと言うが、俺には手を抜いたとしか思えなかった
後ろから追い上げる幼馴染に勝ちを譲ったと
やれば出来るのに万事その調子で力を出そうとしない弟に苛立ちをぶつけた
明は黙って俺の話を聞いていた
そして『…次は頑張るよ』と言った
その台詞は両親に小言を言われた後に
明がよく言う言葉だった
『…明』
いつの間にか、明の顔から表情が消えていた
立ち去ろうとする腕を掴み、引き止めると
心なしか青ざめた顔に薄く笑みを浮かべ
『…兄貴は味方だと…思っていたけど、同じだね』
そう言って腕を振り切って背を向けた
あの日から…わずかな溝が出来、それは徐々に深い亀裂へと広がっていった
自分から離れてゆく明を繋ぎとめ
支配したいと思う感情は既に肉親の情ではない
『明、キャッチボールしようぜ』
『……ごめん、ケンちゃんと約束があるから…』
『明、俺大学に進学するから家を出る』
『そうなんだ…頑張って』
『明、婚約者の涼子だ』
『……おめでとう、兄貴』
数時間前に初めて涼子を明に会わせた
涼子は素直で明るい女性だ
気に入らない人間などいないだろう
両親は喜んでくれた、だが肝心の明は…何の反応もなかった
良いでも悪いでもない、早々に二階に引き上げてしまった
明にとって俺の存在など、どうでもいい事なのだろうか?
時計は夜中の2時を回っていた
ゆっくり話しがしたいと思い、家を抜け出した明の後を追った
桜の木下でゆっくり目を閉じる弟を微笑ましく見てると
反対から斉藤ケンが現れ、咄嗟に桜の木の陰に隠れてしまった
重なる二人の影を見て
全身の血が凍る感じがした
「……明……明……」
今もまだ、こんなに体が冷たい
早く、早く来い明
きっと明の体は温かい
弟に触れれば、この体も、心も落ち着きを取り戻す
ガチャ…
ドアノブが回り、明が部屋に入ってきた
誰もないはずの部屋に気配を感じた明は一瞬、立ちすくむ
「……?兄貴…」
窓際に立つ人影に声をかける
月明かりがわずかに入り込む程度で
部屋は薄暗い
こんな夜中に電気もつけずに自分の部屋で何をしているのだろうと
明は訝しげにドアを閉めベットに腰掛けた
「兄貴、起きてたのか?」
「……」
「…?涼子さんは?」
「明」
「何?」
窓を背にこちらに近づいてくる篤の顔は陰になって一切見えない
明は不審に思いながら篤を見上げる
「お前、ケン坊に抱かれてきたのか?」
「……え」
瞬間、明のみぞおちに篤の拳が食い込んだ
「ぐぅッ!!」
苦痛に呻いた明はそのまま前のめりに倒れ、気を失った
夢を見た
兄貴の悲しそうな顔が記憶の奥から湧き上がる
あれは…そう、運動会の日にもっと頑張れと怒られた時、兄の手を振り払った
その時の兄の顔が忘れられない
兄に反抗したのはあれが最初だった
大好きな兄を傷つけた事を後悔しながらも、親と同じような責め言葉に苛立った
自分だって両親の、兄の期待に応えたい
でもそれより大事なことが明にはあった
良い成績を残すことより、他人に褒められることより
仲間と思いやりのある穏やかな日々を過ごすことが
明にとっては一番大切なことだった
兄が大好きだったから、だから否定されたくなかった
あれ以来、明は意図的に篤を避けた
両親と違い、篤は自分を心配して言ったのだろうと解っていたが
一度出来た溝を明も埋めることは出来なかった
自分の頭を優しく撫でる大きな手
愛おしそうに見つめる温かな眼差しが
懐かしくて仕方が無い
あの頃に戻れたら
戻りたい…お兄ちゃん……
明は不意に目が覚めた
兄の夢を見ていたせいか、涙を流していたようで視界が滲んでよく見えない
擦ろうとして腕が動かないことに気がついた
「…ーーんっ!!」
両手手首がそれぞれベッドのパイプにシーツをちぎったような布で縛りつけられ
同じく口に猿轡をされている
明は混乱した
全裸でベッドに縫い付けられている
そして、同じく裸の篤が、明の足の間に体を割り込ませ
覆いかぶさって弟の様子を見ていた
自分の状態に気付き、明はありったけの力で腕を引き
起き上がろうともがいた
だが手首にシーツが食い込むだけで、拘束は解けない
「起きたか?明」
「ーっ!」
篤は明の瞼にチュと音を立ててキスを落とした
愛おしそうに流した涙を唇で掬ってゆく
「良かった…明、まだ誰にも許してないんだな」
そう言って篤は明の首筋に吸い付く
自分の所有を表す赤い鬱血を、体の至る所に付けてゆく
痺れるような小さな痛みに明の肩がビクンと震えた
実の兄に体を触られている事実を受け入れられず
明は必死に身を捩った
明より体格のある篤は簡単に押さえつけると
胸の小さな乳首に舌を這わせる
明は、舌のぬるっとした温かい感触に背筋がゾクリとし息を呑んだ
円を描くように優しく舐めまわしたり
固くなってきた乳首の先を舌先で擦るように弾いたりする度に
明の背が仰け反る
次第に体が熱に侵されたように熱くなってきた
「明…気持いいか?」
「ーーんんッ…」
明は苦しそうに首を横に振る
「ふん?そうか?…ここは気持良さそうだぞ?」
篤は明の勃ち上がった性器を手で包み込み、緩やかに上下させた
「!!っ〜」
性器への直接的な刺激に、無意識に腰を浮かせてしまう
篤は体をずらし、明の性器に舌を這わせた
兄が自分のモノを咥え込んでる
その姿を見て興奮している自分に気付き、明はギュっと目を閉じた
生温かい感触に包まれたかと思うと、優しく舌が絡みつく
そのまま口全体で上下に刺激されると完全に勃起した性器から
透明な液が溢れてきた
「んんッーー!!」
明の内腿が震える
「イきたいか?明」
「ッ……」
篤は明のモノを根元を軽く押さえ、裏筋に舌先を這わせ先端を舐め回すと
唇で亀頭をギュと強く包み、先走りの溢れる鈴口に尖らせた舌先を差し込んだ
電気が突き抜けるような衝撃に
明は腰を震わせ、兄の口内に勢いよく射精した
「ーーーんぅ…ッ!!!」
経験したことのない激しい快感が明の体を突き抜ける
あまりの激しさに体の震えが止まらない
一瞬目の前が、真っ白になり、明はただ涙を流した
篤は明の精液を飲み込み
残りを搾り出すように、萎えない性器をしごいた
「…明、声を出すなよ」
そう言って篤は、明の猿轡を外してやった
「ぁ…ア…ッ……あに…きっ…」
唾液の垂れた口からは短い呼吸と喘ぎが漏れるだけで
潤んだ瞳は虚ろにゆれている
経験の無い明は、篤の巧みな性技に翻弄されるしかなかった
篤は明の足を開かせ、太ももを内側から奥に押し、細めの腰を浮かせると
露になった後ろの穴に精液で濡れる中指をツプっと差し入れた
「っ…?!ぁ…」
明は異物感に驚いて、目を見開いた
「…力を抜いてろ」
「や…ヤダっ」
自分でも普段触れることのない部分に兄の指が入っている
ゆっくり中を解すように侵入し、第二間接まですんなり収まってしまった
内壁を触診するように蠢く
その指の腹が、ある場所でくの字に曲げられた時、明の腰が跳ねた
「!…あッ!!」
反射的に差し込まれた入り口に力が入る
中から突き上げるような快感に、連動するように先ほど出したばかりの性器が
腹に付きそうなくらい固く反り返る
「は…ぁッ!あぁ…ぁッ…」
篤は指を二本に増やし、緩急をつけながら抜き差しをし
空いた片方の手で明の性器をしごいた
前と後ろから同時に与えられる快感に
明の理性は飛んでいた
「あぁ…ッあ、兄…貴っ!」
喘ぎながら必死に自分を呼ぶ弟見て、篤も限界を感じ指を引き抜いた
卑猥に濡れる穴を見て篤はゴクリと息を呑んだ
弟を自分のモノの出来る
篤はソコに自分の固く反り返ったモノを宛がうと一気に最奥へ打ち込んだ
「!!!うッ!あぁッ!」
明は貫かれる、あまりの衝撃に一瞬悲鳴をあげ、唇を噛んだ
篤は明の内腿を胸につきそうなくらい折り曲げ、角度を定めるとゆっくり抽出を始めた
差し込むときに、指で確認した前立腺を擦り上げるように突き上げる
指の比較にならない圧迫感も、次第に快感に変わってゆく
明は無意識に篤の律動に合わせ腰を揺らした
中に固い肉棒が差し込まれる度に結合部分の水音が卑猥に響く
「ぁ…ああッ…!兄貴ッ…ぁ…!」
「明ッ!…あき…らッ」
篤は次第に余裕がなくなり、快楽を貪るように激しく腰を打ち付けた
篤によって初めて開かれた明の中は、篤のモノを締め付けるようにキツく熱かった
一度出して敏感になった明の性器がビクッと脈打つ
「あ!…うぁッ…も、ダ…メッ!でるっ!」
限界を訴える明の腰を両手で固定し、篤は射精を促すように前立腺を刺激する
「ひィ!ぁああ!!」
「くっぅ…明ッ!俺も…出すぞッ」
「!ダメッ…中はッや!止め…ぁっ!うあぁ!」
体の奥から突き上げる快感に、性器からビュクビュクと白い精液がほとばしる
同時にギュッと入り口が閉まり、篤も思いっきり明の中へ射精した
一度では収まらす、そのまま腰を揺らし立て続けに明の中へ注ぎ込む
流れ込む精液の熱さを感じ、明はそのまま意識を飛ばした
朝、明は重いからだを起こすと辺りを見回した
篤の姿がないことに安堵しながら、どこか寂しさを覚え背筋がゾクリとした
夢でない証拠に体中に、篤が付けた鬱血の後があり
腰に鈍痛が走る
昨夜から開いた窓の下には桜の花弁がいくつも舞い落ちていた
兄は、そこでずっと自分が戻るのを待っていたのだろうか?
そっと床の花弁に手を伸ばし、自分の手首に赤紫の縛られた跡を見つけ
明はそれを綺麗だと思った
自分の体を静かに両腕で抱きしめる
この体を、兄が抱いた
この体を、兄が愛してくれた
その事実を改めて自覚し、明は狂ったように笑った
優秀な兄は誇りだった
その反面、劣等感を味わい愛憎で明の心はいつも乱れていた
子供の頃のようにただ好き、ではいられない
優秀過ぎる兄をただの兄弟には思えなくなっていた
一人の男として完璧な人間を前に、明はひたすら避け
兄に対する自分の本当の感情を押し殺していた
篤に対する執着…そう、自分は兄に執着している
それを認めた明は、昨夜の篤の激しさを想い
心が満たされてゆくのを感じた
体だけでもいい
ただの性欲処理でも、あの兄が自分を求めるなら
「幸せ」だと、明は静かに微笑んだ
一週間後、
商店街の組合の旅行で両親が不在なのを知っていた篤は
再び実家を訪れた
篤の突然の訪問に明は小さく驚いたが、
拒絶するでもなくそのまま自室に引きこもった
篤もかつて自分が使っていた明の隣の部屋で夜になるのを待った
篤には確信があった
明は必ず俺を求める、と
恋愛も奥手な明のことだ
経験のない体に、初めて味わった快楽を忘れることは出来ないはず
守りたい存在だった弟の中の潜在能力に気付いた時から
超えられることの恐怖と自尊心と愛情でひと時も安堵することがなかった
自分の手から離れ、次第に外の世界に目を向けた弟を
繋ぎとめる術は快楽による支配だった
明の求めるものが自分が与える「快楽」だったとしても
それでも構わないと篤は思った
日付が変わりそうな深夜
篤の部屋のドアが遠慮がちにノックされる
篤は読んでいた本を伏せると静かに立ち上がり、ドアを開いた
俯いて立ったままの弟を部屋の中へ促す
「…どうした?明」
明は言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように篤を見つめた
「…カラダ……兄貴が付けた跡が、消えてきたから…」
そう言って、また俯く明の肩が小さく震えている
「また、つけて欲しいのか?」
恥ずかしそうにコクリと小さく頷く弟を見て
篤は胸が高鳴った
堕ちた
明が、自分の手に堕ちたと確信した瞬間
暗い悦びで心が満たされた
篤は明を引き寄せ、唇を重ねた
明の腕が遠慮がちに篤の背中に回される
そして、二人はお互い
心のなかで『愛している』と囁いた