流星
「何を作っている」
「あ、小十郎さん」
小十郎は、部屋の襖を開け放し寝転がっていた慶次に声をかけた
「てっきり政宗様の邪魔をしているかと思ったが」
「へへ…当り。さっきまでな」
そういって慶次が屈託のない笑みを浮かべる
小十郎は小さなため息をつくと、後ろ手で襖を閉めて慶次の横にドカリと座った
まだ外は雪深く、部屋の火鉢には炭も熾されていないせいで吐く息が白い
「…鳥か」
「鶴だよ」
小十郎は慶次の周りに散乱した小さな折り紙を一つ拾い上げる
書き損じた紙を使っているのだろう…所々に主の筆跡が墨色に這っている
「上手いもんだな…だが、こんなに作ってどうする」
「まだ千には足りないからな」
「千も折るつもりか」
あれ?と小首を傾げて、慶次は体を起こすと小十郎と向き合った
「こっちじゃ流行ってないのかい?千羽鶴」
「さぁな…ここは奥州だ。京の遊びが流れてくるのもの時間がかかる」
「へぇー、そっか。鶴って長生きするから、たくさん折って、
たくさん生きられるようにって意味らしいよ」
うんちくを語る慶次の声音が落ちる
「政宗がさ…、忙しくてかまってくれねぇんだよ」
「お前と違って、政宗様はお忙しいんだ」
「うん…。……春になったらまた戦があるから、冬の間に内政をこなしておかなきゃいけねーって…」
「……」
「だから、もう少し我慢してろってさ」
小十郎は慶次が気落ちしている理由が
ヒマを持て余してではないことを察し、目を細めた
「乱世を治めるために戦は避けられねぇ」
「っ…」
奥州の冬は長く、雪と寒さの為、戦は控えられる
だがそれも一時
春になれば再び領地を奪い合う戦が始まる
戦嫌いの風来坊はそれが堪らないのだろう
「俺はさ、政宗もアンタも…ここの皆が好きだ。気性が荒いけど根はいい人ばっかりでさ」
慶次はポツポツ言いながら、仕上がった鶴を放り投げ、紙へ手を伸ばす
「だから、戦になっても誰ひとり欠けないで長生きできるように…」
ふと言葉を切って顔を上げ、小十郎を見て笑った
「ひとつでも多く折ろうと思ってさ…へへ、くだらねぇだろ?」
神妙な顔で聞いていた小十郎は畳に散らばった四角紙を拾い上げた
「俺にも作り方を教えろ」
「へ?小十郎さんが折り紙?」
似合わねぇな、と言いながらも折り始めたばかりの手を止める
「お前の為に一羽折ってやる」
小十郎の言葉に慶次は驚いて目を瞬く
「俺?」
「ああ」
「…政宗の為に折りなよ」
慶次は、なんとなく胸が押されるような変な感じがして誤魔化すように言うと
「早くしろ」と有無を言わさぬ口調で急かされ、折り方を指南した
出来上がった鶴は折り目の綺麗な完璧なもので、どうしたら節の太い大きな手で
細かい作業が出来るのか不思議に思いながらも感嘆する
「へー。小十郎さんは何でも器用だな」
「慶次」
手を掴まれたかと思うと、そのままグイっと勢いよく引き寄せられ
慶次は小十郎の胸に倒れこんだ
訳もわからない内に顎を大きな手で固定され、唇を塞がれる
「ん!んっ…こ、じゅ…!」
唇を甘噛みされ、小さく声を上げるとヌルリと温かな舌が口内に滑り込む
「ぅっ…ぁん…」
小十郎は奥に縮こまっていた慶次の舌を絡め取り、ジュルリと唾液ごと吸い上げた
体の奥から突き上げるような甘い痺れに
慶次は夢中で小十郎の胸元に縋り付く
「…あッ…小十郎…さ…」
「慶次…」
小十郎の呼吸をも奪うような深い口付けに
慶次の意識が飛びかけた
「…小十郎、さん…」
苦しげに爪を立てるとようやく解放され
甘いため息と共に濡れた唇を手の甲で拭う
慶次は小十郎の懐に抱かれ、その温もりに身を任せていると
小さな舌打ちが聞こえた
「…お前のような人間はすぐに死にやがる…」
「え?」
「てめぇみてぇに他人の心配ばかりする奴はすぐに死ぬって言ってるんだ」
ああ、と慶次は苦笑した
「それ、たまに言われるよ」
「笑い事じゃねぇ!」
小十郎は慶次の頭をゴツリと叩くと、首からぶら下げたお守りを引き寄せ
袋の口を開くと先ほど折った鶴を無理やり押し込めた
「小十郎さん?」
一連の行動を黙って見ていた慶次が少し膨らんだお守りを手に戸惑う
「お前は長生きしろ。…戦が終わったらお前が心底笑える日が来る」
「小十郎さん…」
心臓を掴まれたような胸の苦しさと、熱くなる目頭にキュっと唇を噛む
道を違えてしまった友の言葉が蘇った
『お前やねねのような人間はこの乱世では生きられぬ。死する運命よ…』
「俺は…小十郎さんがいなきゃ心底笑えねぇよ…」
「俺の命は政宗様のもの」
分かりきった事ではあったが一番聞きたくない言葉を改めて言われ、
いよいよ慶次の目から大粒の涙が零れ落ちた
それを悟られたくなくて、グリっと胸元深く顔を埋める
「だがそれも……政宗様が天下をとられるまで」
「……」
「天下泰平の世になった後は…お前の笑顔を見て生きていたい」
「!!!」
慶次は驚いて顔を上げ、小十郎を見た
「それって…」
「だからてめぇに死んでもらっちゃ困る」
「小十郎…さ…」
堰を切ったように溢れる涙を、小十郎がチュと唇で吸い上げる
「あっ…」
「慶次、お前は俺と共に生きろ」
「…!!」
小十郎は顔を真っ赤にし口を金魚のようにパクパクさせる慶次を再び強く抱いて
楽しそうに笑った
「その間抜け顔を見るのも楽しみのひとつだな」
「なっ!…間抜けって!小十郎さんが驚くような事言うからっ…」
小十郎は慶次を引き剥がすと、紙を手に取った
「ホラ早くしろ。千も作るんだろう」
「へ…?え…そ、だけどさ…」
慶次が身をよじる
「なんだ?」
「いや…ちょっと、人肌恋しいっていうか…」
涙で目の端を薄っすら紅色に染めて、慶次が小十郎を見やる
「伊達軍の勝機を祈って作ってくれるんじゃなかったのか?」
小十郎のドスの利いた低い声音に、慶次の肩がガックリ垂れる
「ちぇ…」
と唇を尖らせ、鶴を折り始める慶次を見て小十郎が意地悪気に笑った
「共寝をするにはまだ早ぇだろ」
「え!じゃぁ、夜になったらいいのかい?!」
「分かりきった事を聞くんじゃねぇ、さっさと手を動かせ」
慶次の花が咲いたような笑顔に、小十郎はそっと一人ごちた
惚れたが負けとは言ったもんだ…
初めて慶次に会った時
なんて悲しそうに笑う奴だと思った
そんな笑い方をする慶次にか、慶次にそんな笑い方をさせる誰かにかは解らないが無性に苛立った
俺ならそんな笑い方はさせねぇ。そう思ってしまった時にはもう惚れていたのだろう
この心の優し過ぎる男が、乱世を無事に生き抜くよう
誰一人欠けることなく伊達が天下を治める日を迎えられるよう
祈りを込めて鶴を折った