星屑


「てめぇは…」
小十郎は目の前の男に絶句した

穴の開いた石壁の向こうで慶次を腕に抱きかかえ、
涼しげな眼で小十郎を見据える

「おや?随分早いね…僕の計画では陽動作戦でもっと時間が稼げるはずだったのだけど」

まぁ、いいか。と呟いて腕の中で意識を失っている慶次を見た

「竹中半兵衛!てめぇの仕業かッ!」

「僕たちの…僕と秀吉の大切な友人を手酷く扱ってくれたものだね」

慶次を見るその顔は険しく、半兵衛は身を翻し馬に飛び乗ると手綱を握った

「悪いが君の相手にしている時間はない」

小十郎が崩れた瓦礫を乗り越え、慶次を奪い返そうと手を伸ばしたのと同時に
半兵衛は馬の腹を蹴り、嘶きとともに闇に消え去った


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数日後、伊達軍は挙兵し豊臣の本拠地へと攻め入った


「…慶次を返してもらおうか」
政宗の地を這うような低い声音が響く

対峙する豊臣軍の軍師竹中半兵衛は、冷えた視線で見返した

「返してもらうとうのは語弊があるね。元々君のものじゃないだろう?政宗君」

「Shut up!アンタと話し合うつもりはねぇ…慶次をよこせ」
政宗は殺気を漂わせ、抜刀すると半兵衛へ刃先を向けた
「首が飛ぶ前に俺の前に慶次を連れて来い!」

政宗に次いで側に控える小十郎がスラリと刀を抜いたのを見て
半兵衛は肩を竦めて、鼻先で笑った

「全く…君たちはまるで大きな子供だね。
そんな風だから大切なものまで握り潰してしまう」

「何…?!」
半兵衛は政宗の眼光に怯むことなく見返し、笑みを消した

「慶次君は死んだよ。…政宗君、君が責め殺したんだ」

絶句する双竜に半兵衛は初めて感情を出した
「慶次君はね、僕と秀吉の宝なんだよ。それを汚した罪、死をもって償ってもらう」

軍師の号令に
豊臣の大軍がなだれ込み、瞬く間に伊達の兵を呑み込んだ





「慶次君?」

半兵衛は離れの庭に足を向け、その姿を見つけると
ホッと息をついた

「こんな所にいたのかい…まだ完治していないのだから冷たい風に当たるのはよくないよ」
「…半兵衛」

季節が移り変わり、蜻蛉と共に夕刻にもなると冷えた秋風が吹き始めていた
庭木の葉がカサカサと乾いた音を立てている



焦点の合わない慶次の視線を見て、半兵衛は痛々しそうに目を細めた
「全く…わかってるのかい?君の小猿が僕の所へ助けを求めに来なかったら、
今頃君は竜に食い殺されていたんだよ」
「……」

政宗の名を聞いて、慶次は俯いた

高熱にうなされ、気付いたときは大阪城の中で
一命を取り留めた代わりに視力を失っていた

容体の落ち着いたある日、城内が騒がしいので
慶次は何事かと世話をする下男に尋ね
奥州の伊達軍に快勝した祝賀を行っている事を知った

首こそ取れなかったものの、伊達軍は壊滅状態になり兵も散り散りになったらしい



半兵衛は慶次の手を引き縁側に腰を下ろさせると
そっと長い髪を梳いた

「…こんな体ではもう諸国を巡り歩くことも出来ないね」
「……」
「ずっとここにいるといいよ。伊達も滅ぼした…秀吉の天下も間近だ
君は僕たちを許さないだろうけど、いずれ泰平の世になればわかってくれると信じてる」
「半兵衛…」

半兵衛はすっかり筋肉の落ちた細い体を優しく包んだ

「君が独眼流から受けた仕打ちを思うとくやしくてならない…辛かっただろうね慶次君」
「…辛…い…?」
「君は死んだということにしてあるし、もう危険な目に合うこともないさ」

半兵衛は持ってきた濃紺の丹前を慶次の肩にかけ、立ち上がった
「目に好い菜っ葉を取り寄せたんだ。夕餉に出すように言ってあるから残さず食べるんだよ」

もう一度、壊れ物を触るように指先で髪を撫でると
半兵衛は城の方へ戻っていった


慶次は政宗に髪を乱暴に引っ張られたことを思い出し
まるで体ごと、魂をも奪いつくされるような政宗のと交わりが脳裏を駆け
体の奥が熱くなるのを感じた

『政宗…』

耳に残る低い声音や射抜くような鋭い隻眼

犯されながらも政宗が時折みせる辛そうな表情が心に引っかかっていた

『そう…俺より、政宗の方が辛そうだった…』

殺されかけたというのに、体への仕打ちの激しさが
自分への想いの深さのように感じられてしまう

あれほどまでに執着され、求められたのは初めてだった

「…政宗」

小さく呟いたとき、ふと人の気配を感じた

「誰だい?」
声をかけても返事がなく、慶次は手探りで柱に縋り立ち上がった
「は…半兵衛…」
助けを呼ぶ声が震える

「俺以外の男の名を呼ぶんじゃねぇ」
「!!」

政宗は唖然と立ち尽くす慶次の腕を掴むと、強引に自分の腕の中に抱き込んだ
「…ど、どうして」
胸に押し付けられた慶次は見えない目を見開いた

「死んだと思ったか?亡霊じゃなくて残念だったな」
政宗は喉の奥で小さく笑うと、慶次の顎を掴んで上向かせた

「…政宗、本当に…政宗かい」
「もう忘れたか?そう簡単に忘れられねぇよう体に刻んだつもりだが……慶次」

慶次は政宗に甘い声で名を呼ばれ、貪るような激しさで口を吸われた
「んんッ!…っ!」
唇を甘噛みされヌルリと舌が口内に滑り込み、奥に縮こまっていた舌に絡みつく
唾液ごと舌をジュルっと音を立てながら吸い上げられ
体がピクッと跳ね上がった

政宗は角度をかえ何度も慶次の唇を味わった後、
名残惜しそうに銀の糸を引きながら唇を離した

「あまり時間がねぇ…慶次、……お前、目が…?」
政宗は慶次の視線が微妙に合わないことに気付き、掌をかざす

「……」
慶次がそっと目を伏せた

「そうか、俺が…お前の目を奪ったんだな…」
政宗は静かに慶次の腕を解く

「絶対にお前は生きていると信じていた。ここに匿われてることは黒脛が探りあてたが」
「政宗…?」
離れてゆく温もりに慶次は不安に襲われた
「見回りが厳重でなかなか忍び込めなかった…お前を」

冷たい風が吹きぬけ、政宗の声も遠ざかっていく
「お前を奪い返すつもりだった」
「政宗!」
「だが…俺にそんな資格はねぇな…」

ザっと踵を返した砂音が響く

「まっ!待って、待ってくれ政宗!」

今、政宗と別れたら二度と会えないと直感し
慶次は手を伸ばして駆け出した

石に足をぶつけ、前のめりに倒れかけた慶次を政宗が抱きとめる
「慶次っ」
「い…、行かないでくれ!」
「!」
「もう目は見えないけど、俺にまだ価値があるなら傍にいさせてくれ!」
政宗が消えてしまわないよう、慶次は共衿を強く握った

「慶次…俺を許してくれるのか」
政宗の言葉に、慶次が優しく微笑んだ

「ああ…」
政宗は慶次の頬を両手で包む

「俺の欲しかったものが…」

今、手の中にある




大阪城の一角の庭で
残された丹前が風を受け、踊るようにはためいていた




END