白亜3
小さな物音に目覚めるとぼんやりと小屋の天井が見えた
「う…ッ…」
全身の軋むような痛みに思わず眉根をよせ
明は斧神との行為を思い出した
斧神が小屋まで運んでくれたのだろう
きちんと身を清められ膝には包帯が巻かれ
毛布がかかっていた
ハッとし辺りを見渡すが気配がない
(…斧神?)
嫌な予感がし、痛む体を無理やり起こして壁づたいに歩き
戸口を開けた
「斧…神…」
闇に慣れない目で外へ出ようとした瞬間
膝がガクンと折れ、前のめりに傾く
明の体を逞しい両腕が抱き止めた
「明」
顔を上げると斧神が明を見下ろしていた
「斧神…」
伝わる体温の温かさに緊張が緩み
涙が溢れ出す
「何処にも行かないでくれ…頼むから…俺を一人するな」
明は泣きながら斧神の腕を掴んだ
「明…、俺がお前を欲望の対象にしてるのがわかっただろう」
「なんでもいいッ!!なんでもいいから傍にいてくれッ」
明は声を荒げた
「もう一人になりたくない!」
「お前には仲間がいるだろう…俺は…」
「…斧神」
斧神は苦しそうに言葉を詰まらせ、明を強く抱きしめた
「化物に成り下がった俺に命をやると言われて心が震えた
俺の中でお前の存在が怖いくらい大きくなってゆく」
「斧神」
「だが、同時に思い知らされる。人間と吸血鬼という壁を。吸血鬼になって雅に従っていた時にはなかった不安や後悔が」
「……」
明は黙って斧神の言葉を聞いた
「お前の仲間を見るたびに嫉妬してしまう。自分が感染していなければ…そんな事を考えてしまう
守りたいと思って人間側についたのに日に日に独占欲だけが膨れ上がる」
斧神はそっと明を引き離す
「わかっただろう明」
「…西山達は大切な仲間だ。俺の兄貴を探すためにこんな島に連れてきてしまった。俺には無事にアイツらを帰す義務がある」
明はフッ微笑んだ
「明?」
「俺、ここで死ぬんだ。兄貴もこの島の土になって眠ってる。仲間とはいずれ別れる時がくる。
だから一緒に戦って最期まで傍にいてくれる存在が欲しい」
明は地面に転がる鋭利な石を拾い上げ手首に当てた
「感染させてくれ斧神」
「!!」
「俺が吸血鬼になれば同じになれる」
「……明」
「それに…俺は…アンタに抱かれて嫌じゃなかった。いや、今は嬉しいよ」
斧神は明の手を掴むと石を奪い捨て、再び強く胸に抱いた
「すまん明」
「斧神」
「俺はお前の傍にいる価値があるのか…」
「アンタじゃなきゃダメだ」
迷いの一切ない明の言葉に斧神は胸のモヤがが静かに晴れてゆくのを感じた
「明…お前だけは死んでも守る」
斧神は明を抱きかかえると小屋の中へ戻り
粗末な布団にそっと横たえた
いつもと変わらない静かな夜だが、今までとは明らかに違う
例えどちらかのために命を落とすことになっても
決してその存在は消えない
魂の半身と共に歩き出した特別な夜だった