白金
「…明?」
!
篤の声に明は驚いて顔を上げた
ほんの一瞬瞼を閉じていたらしい
篤は眠そうな弟を労わるように頭を撫でた
「疲れたんじゃないか?今日はここまでにしよう」
「…ごめん、兄貴こそ仕事で疲れてるのに…」
明は参考書と閉じる篤を申し訳なさそうに見つめた
「兄貴……朝、早いんだろ?」
二人はあの島から生還した
兄弟の奇跡的な帰還に両親は涙を流して喜んだ
そして半年
篤は家業の青果店を継いだ
営業と仕入れ、会計に至るまで篤は一手に引き受け
日夜問わず働いた
学校給食などへの卸し契約がとれたお陰で
忙しい日々が続いているようだった
明も兄を手伝うことになり
大学受験は地元の大学に変更し
日々勉強に励んでいる
仕事を終えた篤が、明の勉強に付き合うのは日課となっていた
「…4時くらいに市場に行くから、俺はこのまま起きてるよ」
「…そっか…」
「明?」
明は余程眠いのか、何度も目を擦っている
その手を篤が摘む
「擦るな…充血する」
「うん…」
篤は明を支えながらすぐ傍のベットに横たえ毛布を被せた
「少し仮眠とった方がいい」
「……兄貴」
立ち去ろうとした兄を明は呼び止めた
「ごめん…もし起きてるんなら、ここにいてくれ」
いつになく不安そうな弟を見て、篤は黙ってベットに入った
明を背中から、そっと抱きしめる
自分の我ままに付き合ってくれる兄の優しいぬくもりを背中で感じ、
明はようやく安心して小さなあくびをした
「兄貴…」
「ん?どうした…」
「俺、夢を見るんだ…よく憶えてないけど、まだあの島にいる夢で…」
「明…」
篤は明の手首をしっかり握った
「もう誰もいなくなってて…俺しかいなくて…本当に怖い夢なんだ」
「……そうか…お前はまだ…」
兄の呟きに明は微かに目を開いた
が、すぐに泥のような睡魔に呑みこまれてしまう
「な…に…?」
弟の問いには答えず、篤は一層強く、手首を握った
「大丈夫だ明、それは夢だ…俺が傍にいる」
明は篤の言葉に安心し、深い眠りに落ちていった
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体の違和感に明は目を覚ました
見開いた目に入ってきたのは、真っ白なシーツ
起き上がろう肘をつくと、ズンっと腰を突き上げる衝撃があり
追うように激痛が走った
「!ぐッ…ぁ……」
痛みに息が止まる
「う…ッ…」
冷や汗がこめかみを伝う
短い呼吸を繰り返し、痛みを散らそうとシーツに爪を立てた
「フッ…起きたか?宮本明」
不意に掛けられた声に驚き、咄嗟に振り向く
(!!!)
雅が口の端を吊り上げ、薄笑いをしていた
(…なっ……なん…で…)
視線を下ろした明は、息を呑んだ
雅の腰が自分の下半身に密着している
下っ腹に走る激痛と異物感
雅に犯されているという状況を理解する前に
明は本能で絶叫した
がむしゃらに逃れようともがくが、雅の力強い腕が背後から明の腰を
ガッチリ固定している
両手でその腕を外そうと力を込めるが緩む気配すらない
狭い内壁を強引に押し広げるようにグリッと更に奥へ突き入れられる
「ひ…っ!!やっ…止めろ!!」
あまりの圧迫感に、体が細かく痙攣し、早鐘のように心拍が上がる
差し込まれた結合部分が焼けるように熱い
雅は抱えた明の腰を高く持ち上げ、逆に頭をシーツに押し付けた
後ろから耳元で囁く
「狭くて私は具合が良いが…お前は辛いだろう?」
喉の奥で笑うと、雅は明の首筋に牙を立てた
ビクッと明の体が一瞬震え、徐々に弛緩していく
傷口から溢れる血に比例して広がる快感に明は涙を流した
雅のモノがゆっくりジワジワと中へ侵入し、根元までおさまる
先ほどまではただの痛みでしかなかった感覚が
熱く甘いものに変わってゆく
意に反して、快楽が体を支配しようとしている
明は理性を手放さないように唇を噛んだ
雅はズルっと固い肉棒を引き抜くと
一気に突き上げた
「あぁッ…!!」
「理性など捨ててしまえ、お前は私に従うしか道はない」
反応し出した明の性器に雅の長い指がからみつく
「…嫌…ッ…」
「私に抵抗する理由がないだろう?明…お前の仲間は」
−皆、死んだのだから−
残酷な笑みを浮かべながら、雅は激しく腰を打ちつけた
(死んだ…?嘘…だ)
明はガクガクを体を揺さぶられながら、何かが崩壊してゆくのを感じた
(嘘だ…嘘だ…兄貴…)
(兄貴…助け…)
一瞬目の前が真っ白になり
意識が闇へ呑み込まれていった
気絶した明を横たえた雅はその手首を取った
「……」
手首に食い込むように、掴まれた跡がクッキリと残っている
「フン…篤…か?」
雅はその手首を舌でそっとなぞった
「悪いが、コイツはそちらにはやらんぞ…」
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「!!」
明は激しい動悸と共に目覚めた
気付くとカーテンの隙間から青白い空が覗いている
「明、大丈夫か?」
「ぁ…兄貴……」
篤は握っていた弟の手首を離してやった
「随分うなされてたぞ」
「あ…そ、そう?」
何か悪い夢を、あの島に関わる何かだった気がするが
その記憶は急速に薄れてゆく
「…兄貴、そろそろ市場行く?」
明は額の汗を拭いながら、篤を見た
その篤の視線が自分の首付近に注がれている
夜明け前の薄暗い部屋でも、その表情が強張っているのがわかった
「…?」
不審に思い、視線を落とそうと首を少し動かした時
微かに痛みを感じ、思わず眉根を寄せた
「…痛っ……何…?」
篤の指がそっと首筋に触れる
ピリっと一瞬小さな痛みが走る
「兄貴?」
篤は能面のように表情が消えていたが
明の不安そうな声を聞いて我に返った
「…なんでもない…少し鬱血してるだけだ」
怪我をした記憶がない明は首をかしげたが
篤が起き上がって身支度をし始めたので
自分も慌てて着替えた
「兄貴、俺も仕入れ手伝うから」
「…そうか?じゃ、下で待ってるな」
篤は部屋を出てドアを閉めると、暫しその場に立ち尽くした
先ほどの無表情ではない
その目には激しい憎悪と嫉妬で彩られていた
「………雅」
着替えた明は部屋の窓を全開にした
薄ら明るくなり始めた夜明けの涼しい風が気持良い
そういえば今日は、ケンちゃんのライブだったなと思い出し、自然と微笑んだ
もちろん仲間もみんな来る
幸せだと、明は思った
幸せ過ぎて怖いくらいに
この世界が現実なのか一瞬疑ってしまうくらいに
幸せな気持で満たされていた