銀朱

明の兄貴…篤が死んで数ヶ月

春が終わろうとしていた

季節に関係なく咲き乱れる足元の彼岸花に目をむけ
少しずり落ちたメガネを無意識に指でかけ直す

不意に視線を感じ顔を上げると
明がジッとこちらを見ていた

「…明?どうした」

明は西山を顔を見て誤魔化すように首を横に振った

「別に、なんでもない」

そう言って微笑みを浮かべる明を見て西山も困ったように笑った

「…本当に、お前は…ウソつくのが下手だな、言ってみろって」

な?と、言葉に詰まる明を促す

「……メガネ、直す仕草、……兄貴に似てて…」

ああ…、なるほどと
西山は口元の笑みをそのままに少しだけ目を伏せた

明はまだ、兄を自ら手にかけたことから立ち直っていなかった

「明」

西山が名前を呼ぶと明は辛そうに唇を噛み俯いた

「見ろよ明、彼岸花がキレイだぜ」

西山はそう言うと、傍の平らな石に腰掛ける
明もその隣にそっと座った

春の柔らかな風が足元の彼岸花や若草を揺らしている

「彼岸か…たしか岸の向こう…あの世を指してるだったかな」
「西山?」

明の不思議そうな声を聞いて
西山はハハっと短く笑った

「いや、…ただ、お前の兄貴も冷も、みんな向こう側にいるだけでさ、
いずれ俺もお前もそっちに行くんだって…ただそれだけの話かなって…」

「……」

「ただ、それまでのちょっとの間、会えないってだけって考えも有りだと思ってさ」

「西山…」

小高い山の上から見下ろす景色を楽しむように
柔らかな笑みを浮かべる西山を見て
明は西山まで…

西山まで、このまま向こう側へ行ってしまいそうな不安に襲われた

「明?」
横から抱きついてきた明に驚きながらも
西山はそっと明の背中を優しく撫でた

「大丈夫か?明…」

「…どこにも…いかないでくれ西山」

「明…俺はどこにもいかない」

自分の何気ない言葉が明を不安にさせてしまったことに気付いた西山は
わざと明るい口調で言った

「大丈夫だって、死にそうな奴ほど案外しぶとく生き残るって言うだろ?
それに…前に言ったこと忘れたのか?」

「前…?」

明は西山を見上げる

「東京で大学生やるんだろ?俺達」
「あ、…あぁ」

そうだった、と明は思い出す
この凄惨な日々の中、忘れがちだが
本来の自分達の未来は平穏な大学生活なはずだった事を

「東京の家賃は高いからルームシェアしようぜ明」
「ああ、そうだな…西山は医者になるんだよな?」
「お前は小説家だろ?」

明は嬉しそうに笑った
「印税で大金持ちになるんだ」
「じゃ、俺も開業して金持ちになろう」

二人は顔を見合わせ大笑いした

はぁ〜と大きな深呼吸をして西山は立ち上がった
「そろそろ戻るか、明」
西山が差し出した手を取り、明も立ち上がる

「西山」
「ん?」

明は俯いたまま、小さな声で言った

「俺…本当にもう」
「明」

強い風が吹いて、明の髪がなびく
それと一緒に涙がポロポロ光って落ちた

「もう…本当にお前らしか…いなくて…だから…西山…」

途切れる言葉を必死繋ごうとするその
可細い声と

涙が

不謹慎ながら綺麗だと西山は思った

兄より仲間を選んだ明
しかしそれは仲間であって、西山個人ではない
西山も仲間の一人ではあるけれど
それでも自分を…いや、自分達を選んでくれたことに暗い喜びを覚える

今も、自分に兄の面影を重ねているだけだと解っていても
こんなに無防備にしてくれるのは嬉しい

俺は汚い男だと
西山は思った

明が片思いしているユキにはケンちゃんがいる
明の性格上仲間という関係を壊してまでユキを奪おうとはしないだろう
……そして篤はもうこの世にはいない

明の傍にいるのは自分しかいないのだ


明が欲しがっている言葉を
西山は囁いた

「俺も…明しかいない」

明が顔を上げ、目を見開く

「だから生き残ろう、何があっても絶対」
メガネを人差し指で軽く上げると
明は顔を少し赤くして、頷いた

今は篤の変わりでもいい
明を精神的に支えるのが自分の役目だと
西山は自分に言い聞かせた


もし生き残って、明の傍にいられても
それはほんの少しの間だろう

いつか、明は他の誰かと
呆気なく自分から去ってしまう

それをなす術も無く、見ているしかない自分を思うと
いっそこの島で命を落とした方が
篤のようにポンのように
いつまでも明の中にいられるのかもしれない

それでも、少しでも長く
一番近くで明の笑顔を見ていたいと思う

「なぁ、西山」
「?」

明は西山の少し先を歩きながら明るい声で言った

「この先もずっと美味い豚汁作ってくれよな」

「?…ああ、豚汁くらい朝飯前だ」

へへっと明は照れ笑いをした
そんな明を見て西山は胸の奥に押し込めた黒い想いが
一気に晴れるのを感じた

咲き乱れる彼岸花を
最初は禍々しく感じた
まるで、流れ落ちる血を地面から吸い上げその花弁を
真っ赤に染め上げているかのような

しかし、最近は純粋に美しい花だと思えてきた

彼の世の花なのに此の世に存在する花

向こう側とこちら側を繋ぐ花

この戦いに終わりが近づいてる
西山はそんな予感がした